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【詩小説】馬鹿ばっか

明日香

自分の名前の由来なんて聞いたことなかった
大体想像つくでしょ
明日と香りで明日香
お好きなように
きっとどれでも正解で、全てが間違いよ

ねぇ 教えてよ
それが何だっていうの
私にどうしろっていうの

私は花でもなければアロマオイルでもない
意地の悪い人は芳香剤って…くだらない
思いつきも甚だしい
いつか自分で自分の首を絞めるでしょうね
他人に迷惑かけずに消えてなくなっちゃえばいいそんなのばっか

新しく伸びつづける黒髪が私を鼓舞する
毛先二十センチメートルの赤色を手櫛でといて
指と指の間に挟んで擦って握る
ググっと握る
なんだか
少し
憎たらしい
日銭稼ぎと割り切って
日雇い仕事を斡旋している派遣会社に
節操もなく何社も登録して
何ヶ月経ったのだろう
今日は看板持ちの日雇い労働らしい
分譲マンションの展示会場への
矢印の書かれた看板を持って
私は交差点の隅で立ってた
内見所の会社の社員が数時間おきに
私が立っているかだけを確認するためやって来る
「よくそんなことするね?俺は無理だな。仕事って思えないから」
だなんて私に言ってくるもんだから
「賃金発生してれば仕事ですから」
て、
私の抑揚のない返答に苦笑いして
プレハブの仮設事務所へそいつは引き返していった

心の中じゃ
(お前んとこの会社が募集かけたんだろうが)
と、
啖呵をきって
ついでにおもいっきりそいつのふくらはぎを蹴りつけてやったのだけれど
もう小雨も止みそうもなかったし
雨足が強くなってきそうだったから
パーカーのフードを目深に被って
マフラーも鼻までぐるぐる巻きにして
寒さに耐えて
それでも感情は氷のように冷たく
鉄の塊のように重たくなっていた


そもそも私は高校を卒業して
奨学金で借金をしてまで大学へ進学する色んな意味での余裕もなかったから
スーパーの店員として就職を決めて
地元から一番近いそれなりの都会に出てきたのだけれど
元来の自意識過剰な性格と童顔が
どうも周囲からなめられる原因なのか
許容量以上の仕事を押し付けられ
残業は毎日当たり前
その内上司の愚痴の吐き口になりさがり
そんな私を見た後輩も馬鹿にしはじめた

最低限以下の睡眠時間
売れ残ったスーパーの惣菜を
ただ同然で持ち帰って胃に投入する
楽しみなんてひとつもない生活

何年か同じ一日を繰り返していった
そんな同じ一日のとあるはじまりの朝
私はいつものように起床しようと
ホームセンターで売っている
左右の金属を
真ん中のメトロノームが高速で叩き鳴らす
古典的な目覚まし時計をとめた
ため息を吐きながら
乱れに乱れた髪をかきあげて
四つん這いになって…
いつもならそれでゆっくり
のそのそと起きられていた
が、その日は起き上がろうとしてるのに
体が
動かなかった

起きることを必死に体が拒んでいた

……もう…いいや

諦めるのも早かった
私はその日から
一度もあのスーパーの
半径1キロ圏内に踏み込んでいない

昼も夜もずっと寝た
トイレは半分寝ながらしていた
最低限の尊厳が本能で働いていた
3日間なら水道水だけで十分だった

布団の上で横座りして
カーテン越しに
正午っぽい日差しを
細目で数十分眺めていた

おもむろに冷蔵庫を開け
魚肉ソーセージや
プリンや
食べられそうなものは漁って貪った

私は立ち込める湯気を目で追いながら
何日かぶりの熱いシャワーを浴びて
腹の底から

うわーーーーーっ
と、
大声で
叫んだ



「馬鹿野郎!!わぁーーー!!馬鹿馬鹿馬鹿バカ馬鹿馬鹿馬鹿バカ馬鹿馬鹿馬鹿バカバカ馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿バカバカバカバカバカバカ馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿野郎ーーーーーー!!!」


おもいっきり口にお湯を溜めて鏡に吐き出した

私はカットだけでも一万円近くする街の美容院へ行って肩甲骨ほどまであった黒髪をローマの休日のオードリー・ヘプバーンみたいに短く切ってもらい少しラズベリーに近い赤に染めてもらった
左耳には三つ
右耳には二つ
ピアスの穴をあけた




ピンク
やってみたかった戦隊カラーの石

高級百貨店の化粧品売り場で
今の自分にお似合いの色より
派手な色のコスメ一式を揃え
光沢のある良い生地のスーツを買い
その場で着替え
店員に今着ていた服を捨てておくよう丸めて渡し
写真館で証明写真を撮った

履歴書を書いて
その垢抜けた
というより吹っ切れて
憑き物がとれた自分の証明写真を見て
不敵に鼻で笑った

働かせてもらうんじゃないから
働いてやるんだ

どんな質問もそんな呪文を腹に据え
自信以外なにものでもないスマイルで答えた
落ちる気がしなかった
例え不採用ならその会社を憐れんでやれ
人事の馬鹿野郎め
てね

「何でも思ったことは上に言ってくださいね。あなたの声を私は尊重したい。現場の声を聞かせてほしいのです。言ってくれると嬉しいのです」
ある輸入雑貨の企業に入社した初日に
営業部長から言われた言葉だった
どこにでもいそうな
少し腹の出た
白髪の六十歳くらいの男だった
どこの企業もかわりばえしない顔ぶれだこと
典型的な部長面

その部下に寄り添う姿勢を
あからさまに言い表した挨拶が
本物かどうか確かめる必要なんてない
そんなこと
言われなくても
私は私の仕事を貫くと心に誓っていた
もう性格や容姿を理由に弱気になって
卑屈になって
何かのせいにしないと決めたのだ
おかしいと思うことはおかしいと言ってやる
どうせ良く思われたって
気に入られようとあくせくして
嫌われないように身を削っても

捨てられるのだから

ある日突然
手のひら返したように
捨てられるのだからね

なんでもあの部長
そのようにしてくれると嬉しいと
「嬉しい」
とまで言っているのだから
喜ばせてあげる
あなたの望む声を
沢山浴びせてあげる

私はこの企業の会長という肩書の創業者の妻が平日に必ずといっていいほど店舗へ顔を出しにくることに違和感を感じはじめていた

創業者夫人が率先して開店前に便器を磨いたり
店周りの掃き掃除をするというなら見逃してもいい
それも恩着せがましくなければね
だけどこの会長…
いや
今は亡き創業者の未亡人ときたら
何をはき違えているのか
社員割引で店内の中東産のお茶の葉や
チョコレートやらを買っては孫たちに分け与えたり
忙しい時間帯に
客の並ぶレジ前の列に割り込んで
贈り物だから
と包装しろとわがままの言い放題
それに加えてきついだけの刺激臭の香水を
置き土産に毎日高いヒールの音を嫌味に鳴らしながら去っていく

なるほど
これがこの企業の悪しき習慣で
ここでだけの常識になっているようだ
古株の店員は会長のいいなりで
バスケットに入った個包装のビスケット一枚を
これもサービスでいただいてもいいわよね
と、傲慢な声で詰め寄られ
断りきれずに
はい…と思いのまま
私は丁度接客を終えたタイミングだったので
会長の方へ早歩きで近寄り
「当店ではそのようなサービスは致しておりません」
と、理路整然と告げた
会長は私の顔をきっと睨み
そのまま目線を下にやり左胸をみてきた
「あら、あなた名札はどうしてつけてないのかしら?」
と、弱みを掴んだような
本当にいやらしい顔で
会長はニヤけた顔下半分のほうれい線を
三重に刻んで言い放った
私は自分の名前を名乗り
ネームをつけることは個人情報を晒すことへの懸念の観点から拒否していると伝えた
勿論あの部長にも名札の件については
はじめの頃から訴えていた
変な客にストーカーされた挙げ句に命を奪われることだって今の時代では珍しい話ではない
任意という形で認めてもらい私は名札をつけないことにしていた

だが、会長は烈火の如く怒りに髪を逆立たせた

「あなたは私の言う事を「はい。わかりました」ときいていればいいの!」

呆れて私は
「は?」
とメンチを切った

部長が後日
店のパソコンにメールで
(名札は必ず付けて業務にあたること)
と、送り付けてきた

私はすぐ本社に電話をかけた
部長に取り次ぐようにと
「約束が違います。なぜ覆したのですか」
昼行灯のようにのらりくらり
へらへらと
「まぁ、そう熱くならずに」
だとぬかした

私はそれでも名札をつけなかった
理由を濁した時
はっきり答えなかった時
所詮予想通りのことなかれ野郎だと確信した

私は私の仕事を貫く

衝突はその頻度を増し
その度に意見する私をあの部長はあきらかに仏頂面で面倒くさそうに聞くようになった
聞き流すようになったが正しい

すると店長から個人的にメールが届いた

しばらくお休みしてください、と

風通しをよくしたいと窓を開けて換気したらば寒いという

暖房や冷房の電気代がもったいないという

しまいには三人でしてきたことを二人でしろという

人を削れという
真っ赤な大根おろしは辛いだろう

やった業務内容を時系列に日記のようにノートに書いて提出しろという
その頬
おもいっきり平手打ちしてやろうか

相も変わらず会長とやらは毎日ブランドものを身に纏う
とっかえひっかえ誰の為のファッションショーだ

それにしてもしばらく休めとは馬鹿にしている

休みは私が休みたい時にとるものだ

……もう、いいや……

馬鹿野郎
こんなとこでままごとなんかしてられるかよ

娑婆は強いものに優しく弱いものに無慈悲だ
理不尽の生ぬるい風が時に嵐になる
目を開けていれば黄砂でつぶされる
それでもね
私はもう黙っては生きていられない
人を傷つけることと紙一重だからこそよく考える
言葉にする前に
行動する前に
一旦立ち止まる
私は私だけの解釈で生きていく
私は明日香
私だけの意味でいい

その上で私は声をあげる
馬鹿ばっかのお偉いさんに

すっかり暗い十七時
無人のプレハブ小屋に濡れた看板を壁にたてかけ
仕事終了のお疲れ様でしたを捨てていく


(おわり)



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