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太陽と月と地球と宇宙

皆既日食は、日中の太陽が月に隠されて、この世の終わりか?みたいになる天体イベントだ。

西洋占星術的にざっくり言うと、月蝕は感情や内面の変化が訪れ、日蝕はもっと物理的な変化が見受けられるらしい。または、月が私たちの目から太陽の光を遮るから、現実感覚が怪しくなるとも言われる。

その感じが、少しピンと来る。
ここからは、普段つらつら考えていること、まったくの妄想を書いていく。

地上には、昼と夜がある。
人間は、基本的に夜眠り、昼に活動する生き物で、そのような生活が健康を保つのに重要だったりする。人間の活動、物理的生産活動や遊びは、主に昼の時間に成され、夜は概ね眠って意識不明になる。

だから、私たちにとって昼が生きる時間、夜は生きるために休む時間であり、昼がメイン、当たり前の時間となっているように思う。

でも、クリアーな夜空を見上げると星々が輝いているのが見える。
地球以外の存在が無数にあることが見える時間だ。
昼には見えない。
昼は、地上にあるものと太陽と月しか見えない。
その上、人間は特に人間と人間の使うモノにばかり意識が向いてしまう。

でも宇宙空間に存在するものにとって、夜と呼ばれる時間の方が常態なのではないか。
昼と呼ばれている時間は、とても特異なのではないか。
と思うのだ。

地球の大気圏が、地上の生命体を守っている。
生命体にとって有効な質・量の太陽光線を通し、保全して生命を育み、維持をしている。
光の反射で宇宙空間は見えず、地上の活動だけに集中しやすい。
他の惑星のことなど思い浮かぶことさえなくて済む。
それが昼の世界。
人間が人間の営みに集中できるよう、わざわざ用意されているかのような不思議な空間。

日蝕は、その太陽と地球がつくっている結界が消える瞬間。
夜のような宇宙は見えないけれど、昼と言う魔法の空間が消える。

そして宇宙のエネルギーが、それがどんな質のものであれ、
流れ込んでくる瞬間なのではないか。
宇宙空間に漂うさまざまな未知のエネルギーが。
どんな質のエネルギーに反応するか。
それは個々人の状態によるのだろう。

私は、最も根源的で最もピュアなエネルギーを感じてみたい。
生命の、宇宙の根源のような純粋なエネルギー。
そう願って、意図していたら、感じられるだろうか。
それはいつでもどこにでもあるのだろうけど、
この日に特別ガッツリ感じられるんだったら嬉しい。

別の視点で見てみる。
太陽の下で活動している意識、社会の中で生きている意識が、月に表される個人の生まれ持った感覚意識にに覆い尽くされる。
潜在意識が顕在意識に覆い隠される瞬間なのかもしれない。

みんなで当たり前だと思ってきたことが、なんか違うと感じる瞬間になるかもしれない。
それは、とても個人的な感覚で、群から抜け出した自由さを伴うかもしれない。
だからこそ、ちょっと寂しさがあるかもしれない。

そういう瞬間があるかもしれない。
個人的には大歓迎。
自由さを広げたい。

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