グレイス・ペイリー 『その日の後刻に』

★★★★☆

 今年の8月にようやく出たグレイス・ペイリーの3冊目であり、最後の1冊です。グレイス・ペイリーは寡作の作家で3冊しか出ていないのです。訳者はもちろん村上春樹です。
 短いものは数ページの掌編ですし、長いものはふつうの短篇の長さです。なので、収録数は17と割と多め。雑誌Monkeyに収録されていたエッセイとインタビューも1つずつ入っています。

 前の2冊も読んだのですが、具体的におぼえていることはほとんどありません。なんともいえない読後感だったことだけが記憶に残っています。

 とてもよかった。でも、どこがどうよかったのかはおぼえていない。

 今作も同じ余韻がありました。なんとも不思議な小説を書くものだと、じっと考えこんでしまいました。そんなふうに独自の小説を書く人がグレイス・ペイリーなのでしょう。

 人種差別、第三世界の問題、フェミニズムなど政治色の強い話題が散見します。それがメインテーマというわけではないのですが、何かしらポリティカルなモチーフが出てきます。
 こう書くと、ちょっと“お堅い”小説かと思われそうですが、読んでも政治的な印象は薄いです。それは政治的な話題がモチーフとして扱われていてもテーマではないからでしょう。

 それでは何がテーマなのかと問われると、一口には言いづらいものがあります。なんというか、あまりに個人的な作家なので、図式化しにくいわけです。その掴み所のなさがグレイス・ペイリー色といってもいいかもしれません。
 いろいろな物事が一緒くたになって一つの小説世界を形勢しているわけですが、その素材選びがかなり普通ではないです。本当に自分の感性だけで書いているのではないかと思わせる独自性です。

 僕はどこか詩を読んでいるのと似た印象を受けました。マジック・リアリズムのように非現実的なことが起きるわけではないけれど、抽象性が高いのです。そして、シャボン玉が割れるみたいに唐突に終わります。短篇小説にはそういう切り口勝負なところがありますけど、あまりにすっと終わりになってしまうので、一瞬置いていかれた気になることもありました。

 おそらく、小説のセオリーには適っていません。視点は変わるし、プロットはないし、小説入門で「やってはいけないことリスト」に入っているようなことが頻出します。創作講座に出したら、おそらくばしばしダメ出しされるでしょう。
 でも、確実にこの人しか出せない色があり、それにより比類なき文学作品として屹立しているのです。
 セオリーはセオリーでしかなく、ルールではないのだと思い知らされます。

 あとがきを読むと、翻訳するのは大変だったようですね。原文を見てないのでどう大変だったのかはわかりかねますが、少なくとも訳文からは困難の痕は感じられません。苦労を感じさせないリーダブルな文です。さすが。
 想像するに、文と文との論理的なつながりが理解しづらくて訳すのが大変だったのではないでしょうか。前後の文脈からするとかなり飛躍した内容が出てきて困るというのはわかります。一文単体でもわからないし、前後の流れからもつながらないとなると、訳すのは簡単ではないでしょう。

 好きな人は好きだけど、ダメな人はたぶんまるでダメな作家だと思います(実際、前2冊の売れ行きはそれほどよくはなかったようです)。珍味みたいなものかもしれません(バカ売れする珍味とかないでしょうし)。
 ちなみに、本国アメリカでは一定の高い評価を受けているようです。

 短篇を味わいたいという方にはとてもよいと思います。

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