佐藤暁彦(里山リベラルアーツ主宰)

横須賀出身、2012年岐阜県恵那市に移住。里山を舞台に次世代につなぐ学びの場「里山リベ…

佐藤暁彦(里山リベラルアーツ主宰)

横須賀出身、2012年岐阜県恵那市に移住。里山を舞台に次世代につなぐ学びの場「里山リベラルアーツ」主宰。元恵那市ふるさと活性化協力隊(地域おこし協力隊に準じた独自制度)。有機農家を志すも現在はEC事業を運営。趣味ドラム演奏。noteのテーマは「田舎暮らしを哲学する」。

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自己紹介・現在活動中のこと

◆これまでの経歴 1977年生まれ。神奈川県横須賀市出身。現在岐阜県恵那市笠置町在住。妻と子ども2人の4人家族で義母と築150年の古民家で同居。岐阜県移住定住サポーター。 横須賀の新興住宅地に生まれ育つ。中学受験→横浜の私立中高一貫校と進学ルートを歩むも、中学生でドラムに出会い没頭。 何とか現役で大学に進むも(社会学専攻)、音楽で食べることを志し、1留の末卒業。 その後一時音楽学校に通いつつ、バンド活動やサポート活動にいそしむが徐々にフィールドはジャズ方面へ。 イタリ

    • これから地域おこし協力隊になる人へ③ ~こんなことに困ったら~

      2回にわたって地域おこし協力隊としての活動を振り返り、数々のしくじりと、それでも何かを町にも自分にも残せたのではないかと、いうことを掘り返してみた。 協力隊へのアドバイスについて協力隊活動の核心=「泥臭いコミュニケーション」 こんなオレでも「協力隊OB」という肩書ゆえに、現役の方から相談をいただく機会もある。 しかしながら現役の協力隊さんに「こうすればうまくいく」なんてアドバイスは極力してこなかった。 そもそも協力隊も地域も千差万別であり、その関係は一つとして同じものは

      • これから、地域おこし協力隊になる人へ② ~オレの3年は本当に失敗だったのか~

        前回、地域おこし協力隊での3年間でしでかした、多くのしくじりを振り返ってみた。 協力隊の失敗の多くは、地域と人材のミスマッチや、地域・行政の制度への理解不足、お互いに3年間で目指すゴールがあやふやなど、決して協力隊だけがその原因でないことは少なくない。 だが自分の行動を振り返ってみると、経験・技量不足、思慮不足と、社会人としての未熟さが大きく影響していた。 これは採用する側の地域や行政にとって、どのような人材が地域に合っているのか、見過ごせない点になるだろう。 残念な

        • これから、地域おこし協力隊になる人たちへ① ~3年間のしくじりを振り返る~

          全国各地の自治体において、地域おこし協力隊員の募集が活況を見せている。 地方移住や協力隊に興味を持ち、応募を考えている、もしくはすでに内定している、現地で活動し始めている人達も少なくないだろう。 自分も12年前岐阜県恵那市岩村町の地域おこし協力隊(正式には地域おこし協力隊に準ずる恵那市独自制度のふるさと活性化協力隊)となって神奈川県横須賀市から移住を果たした身である。 反面教師かもしれないが各個人の志望動機は様々であるものの、多くの方がほとんど初見のような土地での生活、

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          こども園でドラムバトル⁉ 小さな「つながり」が生まれた一日

          次男の通うこども園で、園児たちを前に一人ドラムを叩く、という機会をいただいた。 ドラムのアッキー、こども園に登場遊戯室にセットされたドラムセットを目にして目を輝かせるのと同時に、横にいるオレを見て「あれ、S君のパパ?」という声があがる。 しかし今日のオレは非日常の存在でなければならない。子どもたちに夢中になってもらいたい。そんなパフォーマー魂が顔をもたげる。 そこで、「今日はドラムのアッキーだよ!」と自己紹介。子どもたち爆笑。 一発ドラムを鳴らすと、耳をふさぐ子どももいる

          こども園でドラムバトル⁉ 小さな「つながり」が生まれた一日

          「シン・お年玉」~餅起源説を歴史・文化的観点から再考してみた~

          前回の記事で、正月飾りや小正月のどんど焼きが年神信仰であることを知り、地方に残る正月行事の原形のような「トシドン」による子どもへの歳餅を贈る風習を知ることで、日本の原風景を想像することができた。このように調べていくと、必然的に気になるトピックに出くわす。 お年玉である。 自分も当たり前のように子どもの時にはいただいてたし、子どもを持って親戚づきあいが増えれば、甥っ子姪っ子などに贈るようになったわけだが、この風習は一体なんなのか、今まで誰も説明してくれなかったなと思い、子ど

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          「シン・どんど焼き」~人々が再び集まるための文化人類学的考察~

          田舎に移住して初めて体験したことの一つに、「どんど焼き」がある。 どんど焼きとはどんど焼きとは、小正月に行われる火祭りのことである。 個々の家ではなく、集落の人々が集まり、やぐら状にお正月に飾った門松やしめ縄などを組んで燃やす。神社で執り行われることも多いようだ。 全国的にみられる行事であるが、もともとは平安時代には確認されている宮中行事の「左義長」が起源とされ、貴族が地方に拡散していく中でその風習が伝わったのだろう。その名称を「道祖神祭」「さえのかみ祭り」、「鬼火(おに

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          11回目の冬至も寒かった ~季節感と暮らし~

          12月半ばまでやけに暖かい日が続き、冬に入ったとは思えないでいたが、ここ数日でぐっと冷え込んできて、いよいよ本格的に寒くなってきた。 岐阜県恵那市に移住して10年以上経つが、ふるさとである横須賀の温暖な気候で育った身としては、氷点下を平気で下回る恵那の冬はとても身に応える。 季節の変化に身体が気が付く というよりも、恵那に来てはじめて横須賀が暖かったのだと気が付いた。 年始年末に実家に帰省すると、ダウンジャケットなどはちょっと過剰に思えるほどである。 恵那の家が古いことも

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          教育と幸福は比例する?気になったので世界幸福度と教育水準のランキングの相関を探った

          教育の目標は幸せな人生のためなのか。 教育が改善されると幸福になるのか。 息子の不登校にはじまり、7月に開催された『恵那・子どもの居場所を考える会』でたくさんの人とそれぞれの学校経験や教育に思うことを話をしたあと、ふと疑問が浮かんできた。 教育は幸福のため!?この会でシェアするために教育の歴史を振り返りまとめた際に、市民が主体となった近代国家以降の公教育が、”国民”意識の形成に重きを置いていたことがわかった。それは現在でもおよそ先進国をはじめとした、国際社会で認められてい

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          移住先でジャズを伝える ~しがないドラマーが市民講座講師になってみた~

          今年度から「ジャズの楽しみ方」なる市民講座を受け持っている。 月に1回、地元の文化センターの一室で、前期・後期とわけて開催している。 5月に始まった前期は定員いっぱいの15名の方が集まって先日5回の講座を終えた。 以前にも1回限りではあったが、同様の講座を開いたことがあるが、あまりにも時間が足りないことは明白で心残りがあり、また改めて場を設けたいと思っていたところ、市民講座の担当の方から声をかけていただいた。 今回は全5回という期間をいただけたので、ジャズの歴史からフォー

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          私立中高一貫男子校はレアだったらしい ~理想的な教育環境ってなんだろう~①

          移住してきたのどかな山あいにある小学校は、1学年10人前後の1クラスである。 ここが地元の妻は、この小学校に通い、中学では近隣地域と統合しても20人クラスが2つに過ぎない。 かたや小学校は都市部の全1200人のマンモス校、中学からは電車で1時間の私立中高一貫男子校、という経験をしてきたオレとは、学校、というものに対するイメージが非常に違う。 進学校に通っていたゆえの葛藤妻からすると東大にバンバン合格するような進学校にいたような勉強しかできない人たちは、「階層的にいろんな子

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          学びと対話で「学校教育」を考えた ~教育の歴史から見えた現在地~

          「教育の歴史を振り返る&お話会」自分の息子が不登校という当事者の立場で、妻が主催の一人であった「教育の歴史を振り返る&お話会」に参加した。 で、教育ってなんだっけ 一見のどかな山里で不登校や学級崩壊とは無縁のような恵那ではあるが、そうした社会の波には抗えない。 以前にも不登校について考えるために、不登校だった人たちのその後を追った映画『自立への道』の鑑賞会に参加したが、その流れから、子供たちが安心して過ごせる場所について考えたり、学校について思うことを話せる場を設けようと

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          草の奴隷としての生存戦略の解、それは電動草刈り機、なのか

          以前、田舎においては逃れることのできない草刈りの実情について話をした。 草の奴隷としての生存戦略の解、それは電動草刈り機、なのか刈っても刈っても伸び続ける草に向き合うことは、まさに非合理な所業であり、この時間と労力が他に使えるならどんなに素敵だろうと思わずにはいられない。 だがそんなこと言ったってなにもしなければ、我々の暮らしが草に飲み込まれて、生活に支障をきたす。 簡単な解決策として、業者さんに頼む、という方法はある。手早くスッキリ刈ってくれるので、今シーズンもすでに一

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          山奥の田植え体験会で子どもたちが見せてくれたもの ~いびつなものと四角いもの~

          田舎の5月6月は田植えシーズン真っ盛りである。 この時期は全国各所で「田植え体験」なるものが市街地に住む人向けに開催されているのを目にする。 今回ここ恵那市笠置町でも、都会に住む子どもたちを招待し、田植えを体験してもらう企画が自分の妻を中心に開催された。 オレはお手伝いをしに行っただけだが、ここで目にした子どもたちの姿に感じるものがあったので、書き記しておきたい。 田んぼに入るこの体験会には普段市街地に暮らす10名弱の小学生を中心とした子どもたちとその親御さんたちが参加

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          移住10周年。揺らぎながら辿り着いた現在地と、これから。

          0からの移住生活が10年続いた岐阜県恵那市に移住してから丸10年が経った。 移住前まで音楽活動に執着し、社会的な役割や責任から遠ざかったままに30歳を超えてしまった、いわばドロップアウト寸前のオレが、自分のルーツである横須賀や横浜とは質感の異なる土地と人のあいだで過ごした10年。 恵那市ふるさと活性化協力隊(地域おこし協力隊に準じた恵那市独自制度)への転職(?)をきっかけとし、結婚、2児の誕生、起業、などなど、移住前には想像もしなかったことが次々に訪れた。 地域おこし協

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          学校は「保育所」?不登校の是非は誰のため?

          不登校に対する親の本心前回、不登校経験者の現在を追い、不登校が自立への基点になる可能性を示した映画について触れ、その中でオレ自身が今自分を支えているものは「学力への信頼」であったことに気が付いた話を書いた。 しかし学力への信頼、ということと、学校が子どもにとって安心して通える場であるかはまた別の視点が必要であろう。 子どもが適応できずに苦しんでいるからその解決を模索するのは当然だが、不登校を積極的に推し進めていくのか、登校を促していくのかを判断するのは、親自身が経験してき

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