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連載#01 一流シェフが腕をふるう、廃棄食材レストラン 「インストック(Instock)」 (「サーキュラーエコノミー実践 ーオランダに探るビジネスモデル」抜粋記事)

*本連載は「サーキュラーエコノミー実践 ーオランダに探るビジネスモデル」(安居昭博 著 / 学芸出版社 2021年)からの抜粋記事です。

著者

安居 昭博
1988年生まれ。Circular Initiatives&Partners代表。世界経済フォーラム Global Future Council on Japanメンバー。ドイツ・キール大学マスタープログラム「Sustainability, Society and the Environment」卒業。 サーキュラーエコノミー研究家 / サスティナブル・ビジネスアドバイザー / 映像クリエイター。アムステルダムを拠点に50を超える関係省庁・企業・自治体に向けオランダでの視察イベントを開催、これまで1000社以上へ講演会・セミナーを開き日本へサーキュラーエコノミーを紹介してきた。2021年より京都在住。京都市委嘱 成長戦略推進アドバイザー。日本各地でのサーキュラーエコノミー実践と理論の普及が高く評価され「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。著書に「サーキュラーエコノミー実践 ーオランダに探るビジネスモデル(学芸出版社)」

インストックのランチプレート。廃棄食材とはわからないクオリティ

一流シェフが腕をふるう、廃棄食材レストラン

「インストック(Instock)」は2014年にアムステルダムにオープンしたレストランで、美味しく食べられるにもかかわらず賞味期限切れ等の理由で廃棄されてしまう食材を地域のスーパーマーケットやベーカリー、生産者から調達し、調理・提供しているレストランだ。既にハーグとユトレヒトにも進出するほどビジネスとしても発展を遂げており、その鍵になっているのは、味の圧倒的なクオリティである。現在インストックで総料理長を任されているアンドレアス・ハリソマリス(Andreas Chrysomallis)氏は、「世界一のレストラン」として有名なデンマークの「ノーマ(Noma)」で活躍していた実績を持ち、他のシェフたちも一流レストランでの実践があるメンバーばかりだ。
インストックでは、本来廃棄されてしまうからこそ食材を低価格で調達できており、そのため一流シェフのランチやディナーをかなりリーズナブルに提供している。ランチプレートなら約1500円、ディナーでは前菜、メインディッシュ、デザートまでのフルコースで約3500円と、アムステルダムでは破格の価格設定だ。店内は落ち着いた雰囲気でフォーマルとカジュアルのどちらのシーンにも合うため、スーツ姿のビジネスマンから子ども連れ家族、学生まで幅広い層に利用されている。新型コロナウイルスが蔓延する前には、一日100名ほどが来店していたという。
「ある企業の廃棄物が、別の企業にとっての資源となる」という点で、インストックはサーキュラーエコノミーの実践企業として世界中から注目を集めている。世界経済フォーラムが主催するダボス会議では、サーキュラーエコノミーへの功績が認められフィリップスが受賞した2018年に、インストックはファイナリストにノミネートされた。

開放的で明るい店内。100名ほど収容可


大手企業の社内ビジネスコンテストから創業

元々インストックのアイデアは、オランダ最大手のスーパーマーケット「アルバート・ハイン(Albert Heijn)」の社内ビジネスコンテストから生まれたものだ。インストックの共同創業者であるフレーケ・ヴァンニムヴェゲン(Freke van Nimwegen)氏と他の従業員は当時、アルバート・ハインから毎日出ていた大量のフードロスを課題に思っていた。そこで、社内で開催されたビジネスコンテストで、スーパーマーケットから出る廃棄食材を活用する「廃棄食品レストラン」のプロジェクトを提案すると、アルバート・ハインから全面的支援を受けられることが決まり、わずか半年後にはアムステルダムに1号店をオープンさせることとなった。実はアルバート・ハインにとっても、廃棄食材は長年の悩みでもあったのだ。さらに、インストックのファウンダー達がコンセプトに合うと感じたシェフ達に直接コンタクトを取り、彼らの参画が決まった。
インストックの誕生によって、アルバート・ハインは食品廃棄量を減らすことができ、レストランでは低価格での食材調達と料理の提供が可能になった。さらに、地域住民は気軽に一流シェフの料理を堪能し、その経験を通じてフードロスの問題に関心を持ち関連する活動に参加し始めるという、地域の誰にとっても良い仕組みができあがったのだ。「マテリアル・フローアナリシス(資源流動分析)」(77頁)でも見たように、「生ごみ」は「建築廃材」「プラスチック」と並びアムステルダム市で最も多い廃棄物であり、市にとってもインストックの取り組みは歓迎するものだった。またオランダ政府としても、国際的に規制が年々厳しくなりつつある温室効果ガス排出量を減らすことができ、市民は廃棄物処理のために負担している税金を間接的に軽減できるという効果も期待されている。


一流シェフの調理の様子が垣間見れる


シェフに求められるのは「創造力」と「想像力」、そして「即興性」

インストックには一般的なレストランと異なる点がいくつかある。そのうちの一つが、使用できる素材がその日にならないと分からないことだ。店舗には毎日13~14時頃、その日に回収された食材が届けられる。調達された後にはシェフたちが集まり、その日のディナーコースのメニューが考えられる。なかには、あまり日持ちしない食材や豊作ゆえに大量に運ばれてくる食材もある。その際には、日持ちするようピクルスにされるものや、トマトパウダー等乾燥させ常時使用できる調味料として活かされることもある。ピクルス等発酵食品を仕込むには貯蔵スペースが必要だが、インストックではそれを逆手にとり、大きな瓶に入れられた色とりどりのピクルスが、店内のカラフルなディスプレイにもなっている。
シェフたちに有名レストランからインストックに移った理由を尋ねたところ、皆から第一声で「仕事にやりがいを感じた」という答えが挙がってきた。フードロスという世界的な課題に取り組みながら、メニューをありきで食材を調達するのではなく、廃棄される食材からメニューをつくりだす。こうした独自の仕組みには、経験豊富なシェフたちにも高い「創造力」と「想像力」、そして「即興性」が求められるという。自分たちの経験と能力を最大限発揮できる環境は、彼らの働きがいにも繋がっているそうだ。廃棄食材を人々が喜ぶ一流の味に調理することに、シェフ一人ひとりが情熱を掛けていることが伝わってきた。


地域住民を惹きつける店づくり

インストックの主なターゲットは、後述する「トニーズ・チョコロンリー」(140頁)と同様にあくまでも一般的な地域住民だ。オランダでも、廃棄食材の回収ボランティア活動に頻繁に参加する人はまだまだ少数派であり、いわゆる意識の高い彼女ら・彼らだけをターゲットにしても社会全体から出る廃棄食材を救い切ることはできず、ビジネスとしても成り立たない。そのためインストックでは、まず誰もが一度は訪れたいと思うような味の良さと店内の空間づくりを徹底し、経営理念やメッセージはバナー文字のような主張の強い見せ方ではなく、さりげないデザインで表現することが心掛けられている。

(続きは本書にてお楽しみください。)


※本連載は「サーキュラーエコノミー実践 ーオランダに探るビジネスモデル」(安居昭博 著 / 学芸出版社 2021年)からの抜粋記事です。


現地の様子はこちらから
https://www.youtube.com/watch?v=VOiwgna97gc

Instock
https://www.instock.nl/en/

*「インストック(Instock)」は新型コロナウイルスの影響により2022年4月にクローズしてしまいましたが、たくさんのヒントが散りばめられた実践のため引き続きご紹介させていただきます。