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ソムリエになるには

今でこそ市民権を得たともいえるソムリエだが1990年代半ばでは「犬の1000倍の嗅覚をもつ」や「一口飲んだだけでどこの国のどんなワインかを言い当てる曲芸師」といった都市伝説程度の認識しか一般になく、片田舎のレストランで働いていた身にはどうしたらなれるのかなど皆目見当つかなかった。そこでフランス料理歴40年の勤め先のシェフに聞いてみた。

働いていたレストランはちょっと変わっていて、1階が20席のダイニングバー、2〜3階がカラオケルーム合計10室、4階が厨房と事務所になっていた。もちろんレストランとしての営業は1階が中心となるのだが、カラオケルームを個室ダイニングとしても利用できた。特に10室のうち2階の3室はカラオケルームらしからぬきちんとしたダイニングテーブルと椅子があった。予約制で本格的フレンチコースも楽しめたのだ。ここのシェフはもともと都内某電鉄系ホテルのフレンチでスーシェフまで張った腕の持ち主で、味はもちろんだがとても料理のセンスがよい。フランス料理コースの予約が入った時はオーダーを通すとすぐに厨房に駆け上がり、その作る様を見学させてもらっていた。

そのシェフは答えて言った。「東京に行け」と。そして休みの日に恵比寿にあるお城のようなレストランに連れて行ってくれた。そこで初めてナマのソムリエに遭遇したのである。かっこいい。知的だ。それだけで十分だった。早速翌日から職探しだ。だが簡単ではない。ソムリエの需要自体がほぼ無いのだ。また音大に行き、留学して人の倍も大学生活を過ごし、さらに片田舎のレストランで数年過ごした身には、高校や専門学校を出てすぐ就職する当時のレストラン業界の慣しではすでにロートル。夢をまた諦めるのか・・・と思いかけた時だった。求人誌で見つけた広告。当時話題の無国籍系フレンチが事業拡大のためスタッフ募集という。チャンスだ。履歴書を送るとすぐに面接に来いとの電話が。マネージャーとの面接。レストランに関する勉強をたっぷりして臨んだのだが、話したのはアメリカでどんな暮らしをしていたのか、とか雑談を15分。終わるとそのままマネージャーとレストランの各部署を回り、各部署の責任者に紹介された。え?採用ともなんとも言われてないけど?普通入社試験て後日電話で結果をお知らせしますとかじゃないの?と疑問だらけの頭で挨拶をして回る。帰る時にマネージャーから「いつから来れる?」と。採用だ。よかった。

そのレストランは当時人気のピークであまりに忙しかった。繁盛レストランの秘密とかいうビデオが発売されたくらいだ。1階75席、2階100席、3階の多目的ホールは50席のダイニング兼結婚式場。それが平日でもランチ2回転、ディナー1.5回転、週末ともなればランチは3回転、ディナーでも2回転近くなる。特にレストランウエディングが入れば2階は披露宴会場となるため、1階は戦場と化す。片田舎の長閑なカラオケ兼レストラン出身者には恐怖を感じるほどだった。

レストランにはいろんな目的でお客様はやってくる。デート、ビジネスの接待、お誕生日会、仲間内の会食、マダムのおしゃべり、企業の大宴会、そして結婚式。最も興味を持てたのがビジネスの接待だった。この食事会がうまくいくかどうかで億の金が動く。そう思うとサービスする側の緊張感は半端ない。失敗が許されないのはもちろんだが、料理やワインのセレクション次第で流れが決まる。お客様の好みにあった料理にぴったりのワインをサジェストする。おかえりの際の笑顔で接待の成功を知る。激務の疲れを忘れる瞬間だ。

閑話休題。ソムリエになるには、だった。資格を取得しなければならない。年に1度試験が行われるのだが、当時の受験資格は5年以上の飲食業での実務経験または3年以上の実務経験に加えてソムリエ協会会員であること。試験は筆記試験の1次試験があり、合格したものが口頭試問とブラインドテイスティング、ソムリエ実技の2次試験という流れだった。現在はソムリエ実技が3次試験に分かれている。1次試験は食品衛生に始まり、ワイン概論、産地、品種、料理との組み合わせなど記述式100問。選択回答はあるものの原語での表記を覚えたりするのもありなかなか大変。(現在はマークシートに変わっている)レストランの激務ではスクールに行くチョイスは無く、通勤の電車と休日の時間をフル活用した。猛暑の高輪プリンスホテルで行われた試験。7月の1次試験を無事突破し、8月の2次試験だ。暗記すればなんとかなる1次試験と違い、2次は経験がモノをいう。レストランの薄給で試験に出るようなワインを日常的に買って飲むわけにはいかず、当時洋酒メーカーが出していた品種別の500mlで500円のワインを買って、カベルネ、メルロー、サンジョヴェーゼ、シャルドネ 、ソーヴィニョンブラン、リースリングの特徴を叩き込んだ。後はレストランで出したワインボトルの底に残った数mlをこっそりテイスティング。また仲良くなったお客様には「今度ソムリエ試験受けるんですよ〜」とおねだりしてグラス1杯をいただくこともあった。またソムリエ実技はデカンタージュと呼ばれる、ワインを瓶からデカンタに移し替える作業を行う。これには手順と作法があり、それを減点法で採点される。これは先輩ソムリエにご指導いただき、毎夜終業後に練習を積んだ。

2ヶ月後ぶどうのバッジが届き、ワインを仕事にする四半世紀が始まった。

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