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面影をさがして

 用事があって一年ぶりに京都駅に降り立った。七条堀川の人がまばらな歩道にタクシーから降りて、ホテルの一階にある免許更新センターへと吸い込まれる人の流れに自分も吸い込まれる。

 時代は変わる。

 まだ小娘だった頃の私はどこへ行くにもハンディ地図をバッグに忍ばせてスクーターで走っていた。19歳からは中古の車に乗り換えはしたが、知らない場所は不安でスクーターでしか行かなかった。今は、スマホに地図、車にはカーナビが搭載されているのは普通の出来事。

 あの頃の自分に教えてやったら、今頃は富豪になっている。

 あの頃……

 私の心の中にはあの人が住み着いていた。何をするにもどこへ行くにも哲弥さんのことばかり考えていた、私は浅い女の子だった。とても浅い、恥ずかしいほどの浅瀬で水遊びをしているような恋に恋する女の子だった。

 煙草であれたガサガサの声に細い指、テニスしかしない癖に煙草をやめない。よくそれで呼吸ができるなと今なら思う。

「お前さんは、もう少し肩の力を抜いていきなよ」

「こうしか、生きられないもん」

「見てて苦しくなる」

 それは私の執着が強いってことだろうか、そう思い始めた頃に薄い和紙の便せんに別れの言葉を書いて、バイト先でスポーツ用品を扱う店に来た彼は靴下を一足買うと私に「後で読んで」と渡すと店を出て行った。

 次に会える日の約束かと休憩時間に読んだ私は息が止まりそうになった。

「もう、一緒にはいられない」

 それきり、彼には会っていない。

 京都駅の更新センターの長い列の中に哲弥さんに似た男性の後ろ姿を見た。いるはずなんかない。彼の誕生日は1月なのだから。

 どこにでもいるような、背格好の彼は今はもう中年なのだからあんな青年ではない。でも声をかけたいと思ってしまう。こんなところで?

 ただの狂った女だと思われてしまう。でも彼の息子さんかも知れない。で、だったら何だというのだ。そんなことあり得ない。似ている人などいるはずもないし、彼が京都にいるとは限らないのに……。

 あれからまだ、私は一人時代の中をさまよっている。心は小娘のままなのだろう。中年女の皮をかぶっているが、中身はあの時の娘のままなのだ。きちんと嫌いになれたらどんなに良かっただろうか。


 私はいつもの出張ホストの男性にセンターを出る前にスマホで予約を取る。馴染みのキャストは幹人くんという、彼は大学生だが奨学金でお金がないのでバイトの掛け持ちをしているという。

 幹人君に昔の彼に似ている人がいたというと、空を仰いで笑った。そしてそのまま「馬鹿だなあ、そんな奴。由紀子さんを置いていったバカ男なんかどうでもいいじゃない。今、僕が優しくしてあげるから」と私の背中をポンポンと軽く叩いた。

 私は胸が締め付けられて幹人の腕にぶら下がる。

 お願いだから心の中からあの人を消してくれる?

 言いかけてやめた。

 もう何度もこの繰り返しだから。終わりはない、きっと。

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