掌小説 私、アラカン家を買う
インスタで知り合った女性が不動産関係の会社にお勤めでご縁があって中古の家を買うことになった。私は今まで縁はあったが結婚をするチャンスを自分から遠ざけた。
「樹先生、耐震工事と屋根と外壁と水回りは改修工事をされますとご予算を越えてしまいます」
「持ち合わせがないので、生命保険のファンドがあるのでそこから出します」
正直マンションの賃貸は飽きてしまった。
古くてもいい、自分の家が欲しいと思ったのはたぶん彼のことがあるから。花屋さんで知り合った15歳年下の彼は俊哉君。鉢植えのアジサイの話で盛り上がったところで、隣の喫茶店で夕立に会い雨宿りすることになって不思議なことに今日に至る。
俊哉君とは結婚するつもりはない。
彼からもそんな単語は出てこないが、私は一人で死んでいくことになると思う。だが、恋人と何歳まで一緒に眠ることができるか、それにはなぜだか一軒家が欲しいと思った。
「ねえ、もう家を買った」
「相談してからって約束したでしょ、僕には決める権利ないの?」
「結婚してないし、この先もしないもん。私の家だからいいかなって」
「僕のこと、そんなふうにしか思っていないんだ」
「そういうことじゃないよ、でも私のおむつとか変えてもらうつもりはないし。子供だって産んであげられない……。何歳年上だと思っているのよ」
彼は私を溺愛しているという気持ちは十分伝わってくる、だけど、彼はまだ若くステキな男性でこの先いくらでも同年代の女性と結婚できる。
うつむく私の肩を抱いて背中を撫でる。痩せた私の背中の骨を下から撫でるのがいつもの癖なのだ。
「ねえ、僕はそんなこと、一切考えていないよ。ただ、香子さんと一緒にいると幸せな気持ちになるだけ。家なんて……」
「残してあげたかったの。あなたに」
「どうしよう、僕もマンションの契約をしてしまった!!」
この後、お互いに選んだ入れ物の箱を見に行って私が選んだ中古の家を二人の箱舟に決めた。そんなやり取りが繰り返されてもう二年になる。私は彼と別れることに決めたのに。これで最後だと決めたはずなのに。
彼との甘い生活がそんなに長く続くとは限らないと分かっている。私は先におばさんになり、おばあさんになるのだ。それでも夢を見ていたい。この腕に抱かれてしまえば二人は今だけでも同じ夢を見ることができる。
次の大安に入籍すると決めた。
私は彼の奥さんになる。
了
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