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バブルファッションが死んだのは多分、1993だった。/平成デニム回顧録【03】

カルチャー系編集者の西村さんと、雑誌と90年代の記憶をゆるゆる思い出しながら話す回顧雑談ブログをやってます。

ふだん記憶の底に沈んでいる平成ファッション雑誌にまつわるアレコレを、今のうちにワイワイ思い出そうぜ! みたいな主旨なのですが、雑談3回目のときに「80年代バブル的ファッションが終わったのはいつか」、つまり「世の中のメインストリームが90年代ストリートファッションになったのはいつか」という話になりまして。

振り返るとですね。‘92年あたりが過渡期だと思うんです。
テレビドラマを参考にして考えると、たとえば『素顔のままで』とか。

~Wikiからのあらすじ~
マンションで一人暮らしをする図書館司書の優美子。ある日、神戸に住む医者の父から見合を勧められる。その見合いの当日、ミュージカルスターを目指すカンナと出会う。性格も育ちも正反対な優美子とカンナだが、ひょんなことから同居生活を始める。25歳の女同士の友情を描いたストーリー。

今も美しい安田成美さんと一緒に主役を演じているのが、昭和の歌姫・中森明菜さん、というのがたまらない、女子の友情ドラマ(人生に迷うのが25歳っていうのが、今の感覚よりも若い!)なんですが、この2人のファッションがちょうどいい対比に。

図書館司書役の安田さんは典型的なバブル後期の働く女性。ハイウエストのタックパンツにブラウスをインして、ベルトでマーク。子どもながらに覚えてますが、ウエストマークめちゃ流行ってました。一方、ダンサー役の明菜さんは、ゆるっとしたオーバーオールでウエストのかけらもなし。髪の毛も、無造作な後れ毛のあるラフな感じで、じわっと90年代ストリートの予感が表れてます。この頃はまだまだ、安田さんタイプが世のマジョリティ。

同年の人気ドラマ『愛という名のもとに』を見ると、もっとハッキリ。7名中6名のバブル感ったらこのうえない。

引用元:日本映画専門チャンネル『愛という名のもとに』(https://www.nihon-eiga.com/program/detail/nh10008090_0001.html)

こういうファッション、どこかで見覚えがあるなと思えば、小和田雅子様(現・雅子妃)。ご成婚が93年なので、92年はまさに第一線のキャリアウーマンでありながらお妃候補として注目されてた頃だったはず。

男性陣を見ると分かりやすいですが、当時は肩パットユーザーが多くて、サラリーマンもOLも、みんな肩がいかってたのも特徴。

しかしながらですね。このバブル系マジョリティファッションに引導を渡した人が、上の7名中唯一のカジュアルさんである方。今でもイケメン50代としてご活躍の江口洋介さんです。

というのも、翌‘93年に『ひとつ屋根の下』が大ブレイク。ホロッと泣ける家族ドラマで(ちなみに福山雅治さんも出てます)、最高視聴率は当時では驚きの37.8%。このときはYouTubeなんてなくて、みんな夜になるとテレビドラマ観てましたから、まあものすごい人気で。

~Wikiからのあらすじ~
実業団のマラソン選手を故障で引退した主人公・柏木達也(江口洋介)は、自身の婚約を報告するため、生き別れになった兄弟達を訪ね歩く。最初は達也を拒絶していた兄弟達も徐々に理解を示し、やがて達也の下で兄弟皆が暮らすようになるが、家族が崩壊の危機に瀕する出来事が何度も訪れる……。

このとき江口さん演じる6人兄妹の長男「あんちゃん」はどんな人かというと、メッシュキャップを逆にかぶったサラサラの長髪。Tシャツの下にロンTを重ね着。ゆるめのチノパン。そうです、渋カジが主役待遇に躍り出るわけです。この頃から、女子も渋カジの流れに連動するように、ベルトでウエストマークするのをやめて、トップスを外に出すようになってきます。

『愛という名の下に』に出てる男性たちと比較すると「ラフ&自然体」になった変化がありありと。(もちろん、自営業という役柄のせいもありますけどね)。

この93年という年は、音楽でも「渋谷系」という言葉が一般的に使われるようになったタイミング(だったはず)で、どんどん「渋谷」の存在がマス化していく最中。1994年に小沢健二×スチャダラパー『今夜はブギーバック』がヒットしたのとかも、それまでアイドル歌謡がメインストリームだったことを考えると、ものすごい価値の転換だった気がします。

で、この「渋谷」というのもひとくくりにできず、「渋カジ」のように(ざっくりですが)アメカジっぽい人たちもいれば、ミニスカ&ルーズソックスの「女子高生」も出てくる。加えて、後のファッションに影響大だったと思うのは「ミュージシャン」。

それまで、おしゃれな音楽=洋楽みたいな価値観って根強かったのですが、フリッパーズ・ギター(91年に解散してますが、変わらず人気だった)とかラブ・タンバリンズとか、もちろんピチカート・ファイブの存在とかがどんどん取りあげられて「日本の音楽もカッコいい!」みたいな衝撃がものすごかった。

80年代までは、高級ブランドとか、大手メーカーが作るもの、マスコミが発信するもの、いわゆるメジャーなものが素敵だったけれども、90年代前半くらいからは、街から出てくる小さなムーブメントがメジャーになっていく、という逆の流れが顕著に。

長くなったのでまた別に分けますが、こういう「マイナー指向」や「ミュージシャンへの憧れ感」が、この後に続く60~70年代リバイバルファッションにつながっていくのかな、と。

今回、まったくデニムの話が出ませんでしたね。まあ、いいか。

イラスト/Eri Nishimura

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木内アキ(ライター)

フリーランスで執筆をしています。北海道出身。2018年秋、思い立って東京を離れて横須賀を拠点にしました。雑誌・書籍・ウェブ・広告分野のお仕事を中心に活動。家族は夫と雑種犬。https://www.take-root.jp/
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