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雨とキャンプと自転車旅行

フランスで初めてしたことの一つに、自転車旅行がある。

2016年:南フランス周遊(アヴィニョン - ニーム - カマルグetc.)3週間
2017年:大西洋沿い(ロシェル - 島2つ - ロシュフォール)6日間
2019年7月:ロワール川沿い古城巡り10日間(記事はこちら
2019年8月:ドルドーニュ地方11日間
2020年:オーベルニュ地方10日間

毎回夫との体力差には泣かされるものの、過ぎてしまえば良いことばかり思い出されるのは不思議なものだ。そして回数を重ねる度、休憩のタイミングや、キャンプ場で寝泊まりする際の準備と心得など、自分なりに学んで来た。中でも自分の意識に一番変化があったのは、2度目の旅行の時である。

2017年の夏、フランスの大西洋沿い、中央部にあるロシェルという街と、そのすぐ側にある小さな島を二つ、自転車で6日間かけて回った。パリからロシェルまでは電車で3時間(自転車のタイヤを外して輪行袋に入れ持ち運ぶ)。そこから自転車でレ島(一文字しかない名前が妙に気になる島)へ渡り、その後一度ロシェルへ戻って、今度はフェリーでレ島の南にあるオレオン島へ向かう。最後にロシュフォール(映画「ロシュフォールの恋人たち」で有名な街)へ行って、電車でパリに戻った。
回る場所もそう広い範囲ではないし、まあ前回のようにしんどい思いはしないだろう、とタカをくくっていたが、別の意味で自分の限界を試されることになった。

オレオン島に滞在していた夜、夕立のような激しい雨に遭った。思えば前回の旅行中は、昼間に一度通り雨に降られたのみで、夜テントの中で雨をやり過ごすということがなかった。テントに雨が当たる音が、中に居ると結構大きく響く。そして夫が結婚前から使っているというこのテント(1人用:2人ギリギリ横になれる大きさ)、作りに難があるのか劣化したのか、なんと雨漏りしたのである。

テントの側面から雨が伝って地面に落ちる部分、つまりテントの床面両脇からじわじわと、そして天井の通気口となる部分からポタポタと。あまりにも雨が激しく断続的に降るので、その音と浸水の恐れから、ほとんど寝た気がしなかった。濡れたら困るカメラと携帯、パスポートやカードの入った小さなバッグのみ、寝袋とその下のマットの間に入れ込んだ。
 
何時になっていたのだろうか、私はすっかり精神的に参っていた。寝袋から出た顔を狙ったかのように雨水が落ちて来ることも不快だったし(テントが狭すぎて避ける事もままならない)、今このキャンプ場の中で、濡れながら寝ている人なんて他に居ないだろうという、惨めさにも負けそうだった(自転車旅行の私たちが、当然一番質素だった)。夫はサバイバルに関しては恐ろしくタフなので、この状況に対する私の苦情は全て「大したことではない」と全然共感してもらえないことも不満だった。
 
私は一体、何でこんなことしてるんだろう?
 
前回の自転車旅行の時と同じ疑問が浮かんだ。南フランスを3週間かけて回ると言えば、さぞ美しい景色だろうと思われるかもしれないが、登り坂で苦しい時、暑さと疲労で草臥れた時、向かい風で進まない時、周りの景色なんて目に入らない。そんな余裕はないのだ。
そして自分一人の旅だったら、確実にこんな目には遭っていない。快適さを優先するからだ。この(自分基準での)理不尽な状況が堪え難かった。

もう帰りたいって言おうか。

全て投げ出したい欲求が渦巻くが、本音は帰りたくはないのだ。心にも無いことを言っても仕方が無い。じゃあどうしたいんだろう、自分は。顔を塞いで拗ねていた状態から、少し冷静になる。私は今、この状況を楽しむ余裕が全然ない。大抵の物事は受け取り方次第というのが自分の信条で、だとすると自分に原因があるとしか思えない。

と同時に、夫のことを考える。この人は、私を楽しませようと、フランスの綺麗な場所をたくさん見せたいと思って、こうして連れて来てくれてるんだよなぁ。
私、何に対してこんなに腹を立てたり、落ち込んだりしてるんだろう?
そう思った時、ふと気付いた。テントが水浸しになった所で、濡れて困る物だけ守れるのならば、後は何が問題なんだっけ?私の身体や服、寝袋は、乾かせば元に戻るじゃないか、と。
 
これは自分にとっては大きな発見であり、転換点だった。今まで自分を果てしなく暗い気持ちにさせていた物事が、一瞬で消えたのだから。あれ?別に大したことじゃないなと、この事態に対して、初めてここで夫と同じ目線を共有したのかもしれない。

子供の時だったら、きっと素直だから「濡れても乾けば大丈夫だよ」と言われたら、そうなんだ、と思ってそこで済む話なんだろう。
既に大の大人である私にとっては、テントの中で濡れるなんて「有り得ない」ことであり、不快さとどうにもならない不甲斐なさで大いに落ち込んだが、ふと見方が変わったことでそれが覆され、自分の気持ちもすっかり軽くなったことは、興味深い出来事だった。
 
ちなみに翌日も同様に夜から雨が降り出したが、自転車を電車で運ぶ時に包んでいた大きなビニールシートをテントの上から被せて止め、事なきを得た。
なんにせよ、この次自転車旅行に出る時はテントを新調したいものだ、としみじみ思ったことは言うまでもない(後日3人用テントを目出度く購入しました)。

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