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【課金の話】6分読

「はーい、紙や木の六文銭をお持ちのかたはこちら~並んでください!」「おおい、まだかよ~こんなに待たされたら死んじまうよォ」
怒号の飛び交う白い列を横目に、するすると進んでいく。

三途の川は大繁盛で、長蛇の列だった。
最近は貨幣損傷等取締法で六文銭が紙や木になったので、低い等級の渡し船の利用者がこんなにも増えてしまったのだと言う。

いっぽう、私は座席付きのモーターボートで反対まで送られるそうだ。娘たちは伝えた通り、棺へ紙幣を忍ばせてくれたようだ。
「現代の通貨でも大丈夫なんですね。」
六文銭六文銭と言うので現代の貨幣ではダメなのかと思っていた。もじゃ髭の先頭はぐふっと下品に笑った。

「そりゃあれですわ、寺への奉納も最近は現代貨幣ですしな。PayPayなんかは流石にまだですがね。」
「なるほど。」
横ではモーターボートの波を受け、限界まで積載された転覆寸前の船から怒号が飛んでいたが、下品な男はにやにやしながらボートを走らすのみだった。

さすがはモーター付き。
あっという間に手こぎを追い抜いて向こう岸へ着くと、待っていた誘導員に案内される。
どうやらこの誘導員が私を各所に連れてってくれるらしい、他の利用者たちはバスツアーのような大人数だったので課金による優遇に感謝した。

どこもかしこも大行列であったがVIP扱いで、一般列から恨めしそうな視線を向けられながら進んだ。
どれくらい進んだだろうか…勿論死んでいるので空腹も疲れもないが、草履で歩くのに飽きてきた。
何ヵ所かたらい回されて事務的な処理を受けると、病院での待ち合いを思い出す。
悪性の腫瘍に蝕まれてからというもの、はした金ではどうにもならない検査のたらい回しがとても苦手だった。

「次で最後です。」
ぐるぐると巡回して、いよいよかの有名な閻魔大王に出会った。
なんと言う迫力か!!
その体格の大きさと気迫は学生時代アメフトの大会で会った強豪選手を彷彿とさせた。
とんでもない図体に眉間には何10センチもの皺が入っていた。
とても難しそうな顔をしていて、失言したら捻り潰されるかも知れない。
本能的に少し背筋がのびた。

「次!!あぁ、貴方か、多大なる寄付感謝する。」
厳つい口からの唐突な感謝に「えっ!いえ!」とすっとんきょうな声が出てしまう。
「これからお世話になる身です、少しでもこちらの世界のお役に立ててください。」

最初は金を稼ぐために本当に何でもやった、他人の会社の仕事を奪ったし間接的に死なせた同然の事もあった。
しかし、そうせねば自分が死んでいた。
年を取ってから会社も安定したが、喪った同志や去った友は戻って来ず、晩年はずっと後悔ばかりの日々だった。
閻魔はでかい指をあごに当てるとふむ。と考え込んだ。
「まず、主は地獄行きなのは確定しておる、罪状は人を絶望へと蹴り落としたり食うに困って盗みを働いた事もあったようだな」
「はい…」
「だが、晩年はそれで後悔をし様々な施設に寄付をされたりボランティアしていたようだ。」
「…」

ずっと金持ちが嫌いだった、いつか自分と親を見捨てた金持ち達を見返すつもりだった。
だからどんなに非常にもなれたし、わざと謀って失脚させるような事もあった。
しかし、金持ちになってからは寄付にいそしみ孤児たちに手をさしのべた。
自身がそうして欲しかったように、そしてそうあるべき手本になれるように。

「これは一部にしか伝わっていないが、地獄は今資金繰りが厳しい。熱心な仏教徒よりもクリスチャンが大分増えているし余計にな。お主が入ろうと言う焦熱地獄も燃料代がバカにならない。晩年まで己の罪で苦しんだお主を地獄に留まらせるべきかという所もある。」
「はい。」
「だから1度だけチャンスをやる。誰かの夢枕に立って明日の夕暮れまでに纏まった金を燃やして貰えたらお前を天国に送ってやろう。」
「金を…?」
「そうだ。地獄の沙汰も金次第という奴だな。どうだ、誰か思い当たる奴はいるか。」
「思い当たる…はい、1人おります。」
「申せ。」
「私の後を継いだ水谷という男がおります、上の娘と結婚したものです。彼ならばきっと会社の金を私のためにくべてくれる筈です。」
「よろしい、枕元に立たせてやる。」


閻魔はさっそく何か呟くと目の前の視界がぐわっと歪み目の前に水谷が現れた。
「お義父さん!?」
水谷は心底驚いた様子だった、どうやら夢の中でも職場で仕事をしていたらしい。
「どうだ、会社は」
「はい…お義父さんが居なくなってから、ギリギリ何とかやっていってます。今は新しく現場を管理するシステムを導入しようと頑張ってます。」
まだまだ試作ですが、へへ。と水谷は照れ臭そうに笑った。
「水谷。」
「は、はい!」
改まった声にひょろっとした優男は向き直る。
「俺のために会社の金をいくらか燃やしてくれ。」
「金を…燃やす?」
「そうだ、数百万。訳は聞かずに燃やしてくれ。」
「お義父さん…」
少し考えたあと水谷は答える。
「すみません、それはできません。この会社はお義父さんと、お義母さん、それと妻が頑張って作った場所です。そこの金を流用するなんて僕にはとても出来ません。」
水谷は深々と頭を下げた、まだ若いのにつむじに白髪が混ざり始めている。
「分かった、ちゃんとした形で会社を明け渡せずにすまなかった。苦労を掛けるが娘と、妻をよろしく。」
「あ!!お義父さん!!!」
良い終えたとたん、視界がぐわっと揺れた。

「戻ってきたか。失敗だったようだな。」
閻魔がつまらなそうな顔でこちらを覗き込む。
「はい、断られてしまいました。」
「しかしお主が反省している事は事実、ここは天国に…」「お待ちください。」
男は閻魔を制止した。
「私は、最初からあの男が横領をできる性格では無いことを知っていました。その上であちらに送っていただいたのです。」
「なんと!ワシを謀ったというのか!?」
「はい。どうしても、残してきた会社の事が気になってしまったのです。それに、故き友も恐らく地獄におります、私は彼に一言謝りたい。是非とも一緒に地獄に落としてください。」
「お前は情けをかけてやったのに何と言うことだ!!連れていけ!!!!!」
先ほどまで案内役だった者が男の腕を掴み引っ張っていく。
これで良い、子供たち夫婦に貧しく苦しい思いをさせるわけにはいかない。
男はされるがまま焦熱地獄へと連れていかれた。

焦熱地獄はその名の通り、大きな鉄板の上で熱される。
阿鼻叫喚の痛みの中、男は友を必死に探しだした。彼は何度も何度も謝罪をした。
友は痛みで顔が大きく変わっていたというのに、それを見つけ出し謝罪し続けた。「もういい、もういい許す。」と友が言うまで謝罪をし続けた。

そこから10日間、心を無にして焼かれ続けた頃に先日の案内役が再び現れた。
身を整えるよう指示され、乱れた死装束を改める。
彼に着いていくとそこは先日の閻魔の御前だった。
「おお、来たか。先ほど水谷という男から金が焚きあげられた。」
単刀直入にそう言われ、男は心底驚いた。
「それは、会社の…」
「いや、奴はお前のためと言って金を集めた。這いずり回って1千万を。」
「彼が、どうやってそんなに!」
「彼が駆けずり回ったお陰で、お前が恵んだ孤児院育ちの者や付き合いのある社長から喜んで寄付があったそうだ」
「そんな、本当かも分からない夢枕のためにそんなに…ありがとうございます、ありがとう。」

水谷を試すつもりだった自身はどれだけ浅はかだったのか。男は崩れ落ち、床に額を擦り付けて誰にともなく感謝した。
「お前を地獄から解放してやる。」
「…いえ、しかし閻魔様。私はまだ友への罪を償いきれていないのです。それに約束の日付も越えています。」
「ええいごたごた五月蝿い。焚きあげられた金はもう返せんのだ!ワシに約束を反故させるのか!!面倒だ、友人もろとも天国へ送ってしまえ!」
ビリビリと大きな声が響き渡り、空気が振動した。かと思えば辺りは見たことの無い景色へと移り変わっていた。
乱れて焼けていた服装はきれいに整えられ、明るい自然と澄んだ美しい空気が鼻をくすぐる。
ふと、目の前に見知った友が現れた。
突然の事にキョロキョロと辺りを見渡し、彼はこちらに気づくと話しかけに来た。
「これは、一体どう言うことだ」
「閻魔様が恩情をかけてくださった」
男はまばゆいくらいの空を見上げた。
遺してきた家族と会社への不安は晴れ渡る空のように一抹も残っていなかった。



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