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崩壊の夢

 いつもは慎重派で腰が重く、優柔不断だとか言われている大臣が、この時ばかりは迅速だった。それこそ、決断が早すぎるという珍しい批判があがるほど。大多数の家臣はもう少し様子を見て判断すべきではと提案した。しかし大臣は答える。

「此度の事案は見逃せない。いつものようにしていては国が滅びてしまうのだ。どうやっても隣国との戦争は避けなければならない。そのためには春日の山を取られるわけにはいかない。もしも彼の地が寝返れば、我が国はひとたまりも無い。一刻を争う事態なのだ」と。

 そうして大臣は少数の護衛と共に僻地へ向かって行く。

 一日でも早く到着し、彼の地を統べる必要がある。言葉巧みに人心を動かして、国が味方であること・この先に未来があることを示す必要があるのだ。

 農村の民には貧しい者が多かった。ことに、移民の多く混じるこの地のそれは格別だと言えるだろう。それだけに、いざとなったら土地はもちろん国をも見限って捨てるとも限らないのだ。
 大臣たち一行は休憩のために立ち寄った河川の水で喉を潤しながら、堤防の下に広がる畑の具合を眺めていた。

「この国は、これから良くなりますか?」
 一人の娘が、陸橋の上にいる大臣を見上げて質問を投げかける。国の勅使である旗を見て、彼らを普通の役人かなにかと思っているのだろう。

「もちろん。そうなるよう全力を尽くすまで」
 そこから政策について語った大臣を「ありがたい」「やっぱり偉い方のお考えは素晴らしいね」と褒め称え、宿をお探しでしたら我が家へどうぞと誘いをかけた。満月の晴れた夜は宴を開いているらしい。
 村人のささやかな楽しみである酒宴。それさえも日頃の大臣たちが口にしている食べ物の質には及ばず、質素な携行食と大差がないことを、彼らは知らずに生きている。
 恵まれた己を恥ずかしいと思う大臣ではなかったが、渋い顔は直らなかった。

「我々は先を急ぐのでな、またの機会にしよう。それに民の貴重な糧を我々が奪うわけにはいかぬ。その時は食物を持参するゆえ……」
 そんな断りの言葉に、なんてお優しい方々だろうと娘の家族は感激する。きっと未来は素晴らしいと、信じて疑わない目をして見上げていた。
 だが、戦争となればこの地は争いの最先端となる。参戦せずとも彼らは真っ先に被害を受ける運命にあるのだ。田畑を踏み荒らされ、住処すらも奪われて……今以上の不作と飢饉に喘ぎ、あの言葉は嘘だったのかと嘆くのかもしれない。
 大臣は、そんな未来を迎えるかもしれないと思いつつ、希望に輝く民の目をしかと瞳に焼き付けていた。


良い方に転べばいいなと思いつつ、滅びの予感がひしひしと伝わってくるような……
熱帯アジア?な異国情緒ただよう夢でした。

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