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あとがきのようなもの~『都知事の虚像~ドヤ顔自治体の孤独なボス』

 記者3年目1997年春、私は23区担当から多摩地域担当へと異動しました。当時は青島都政の後半で、都市博中止や臨海副都心開発の見直しなどが一段落し、突如として知事が「リサイクルの青島」とか言い出した迷走期です。バブル経済が崩壊し、税収が落ち込む中で、都は行財政改革に迫られました。都財務局は、具体的な見直し内容を示した「財政健全化計画実施案」を発表。その中にはシルバーパスも含まれていました。

 都内のバスや地下鉄に自由に乗り降りできるシルバーパスはかつて高齢者に無料で配布されていました。革新都政の代表的な高福祉の一つです。高齢化社会の到来で平均寿命が延び、元気な高齢者が増えている中、必ずしも必要な施策ではなかったですが、保守都政を奪還した鈴木都政ですら高齢者の反発を恐れ、シルバーパスの見直しには手を付けられませんでした。近い将来に大幅な財源不足に陥ることが予想されていた都は、ついにシルバーパスの見直しに触手を伸ばしたのです。

バリバリの保守政治家との共闘

 多摩地域は23区と違って、市同士に横並びの発想がありません。記者クラブにも入っていない弱小業界紙がネタを見つけて、週2回の新聞を埋めるのは大変でした。そういう中で、東京都の取り組みに対する市長たちの反応は大きな記事になりました。私は、当時の東京都市長会会長だった土屋正忠武蔵野市長(当時)に「実施案」に関する見解を聞こうとインタビューを申し込みました。

 現在の松下玲子市長は、旧民主党出身でリベラル勢力に推された方ですが、土屋市長はバリバリの保守市長でした。相手が国だろうが、都だろうが、間違っていることには間違っていると主張する、歯に衣着せぬ物言いが魅力の方ではありましたが、まさか都の「実施案」に反対するとは思っていません。

 ところが、土屋市長に取材を始めてみると、「実施案」に対する怒りをぶちまけ始めたのです。

 というのも、「実施案」は聖域なく見直そうという都庁財政当局の本音が詰まっており、市町村に対する補助金や交付金も見直しの対象に入っていたからです。青島都政は、23区や市町村との連携という発想が希薄で、根回しが不足していました。その割には「実施案」はちょっと踏み込み過ぎていたのかもしれません。

 インタビューで土屋市長は、シルバーパスの廃止にも言及し、施策の見直すべき点は認めつつも、これからの高齢化社会に必要な施策なんだと主張しました。

 私はインタビューを終えて、むしろ拍子抜けして、これをどう受け止めたらいいのか悩みました。というのも、新聞とは言っても業界紙で、読者層の思いを無視した記事など書けないからです。都庁の職員が読者層の大半を占める新聞で、ここまで真っ向から当局に反旗を翻すことができるのか。先輩は「政治家が記者の前でしゃべったことは、それを記事にしてほしいという意味だから、文字にすべきだ」とアドバイスしてくれました。

 結局、私は土屋市長のありのままを文字にして、少々荒っぽい形のインタビュー記事を仕上げました。「荒っぽい」というのは、間違ってはいませんが、本人の言葉尻をそのまま文字にしたのです。

 このインタビュー記事は大反響を呼びました。市長会会長が都の財政健全化計画実施案に真っ向から反対したのです。ただごとではありません。東京都内の多くの区市町村議会で、この記事をもとに首長に質問が投げかけられました。土屋市長ほどはっきり反対した首長は少なかったですが、多くが実施案に懸念を投げかけたのです。

 それが良かったのか悪かったのか分かりませんが、青島都政下における財政健全化計画は大きな成果が上がらず、シルバーパスも存続しました。

 そんな背景もあって、1999年春にスタートした石原都政は、その初っ端から財政再建という大きな課題に直面したのです。

 記事が掲載されてしばらくして、私は土屋市長に会いに行きました。怒られるかなと思いましたが、インタビューが掲載された新聞を眺めながら、ひたすら苦笑していました。お前、書くんならもっとオブラートに包めよと言いたかったのかもしれません。でも、怒りはしなかったです。多摩地域の担当を外れてからも、顔はしっかり覚えていてくれました。

 土屋氏はいつも周りの人に私を紹介するとき、「こいつ、三文新聞の記者だけど、可愛がってやれ」と言ってくれます。

 「三文新聞」は勘弁してくれよと思いましたが、駆け出しの記者を一人前に取材対応してもらい、自分でしゃべったことには責任を取ってくれる。そんな市長の心意気には感謝しかなかったです。

 私を記者として育ててくれたのは、こういう気骨のある保守政治家ばかりです。とりわけ首長は、地方自治の可能性を自らの実践によって教えてくれたと思います。そこからは、イデオロギーとしての保守ではなく、国の無責任な官僚政治から日本を守ろうとする骨太の保守の在り方を学びました。

自民党の重鎮が警告した石原都政

 石原慎太郎氏が最初に都知事が就任して、既に22年が過ぎました。石原知事は右翼政治家ではありますが、彼の扇動するポピュリズムを警告し、都政の行く末を憂いていたのは、保守の政治家たちです。

 石原都政の1期目、2001年の都議会予算特別委員会で、勇退を前にした最後の予算質疑に立った自民党の奥山則男都議がこんな警告をしています。

 最後の締めくくりということで、私は心配が一つありますので、申し上げておきます。
 都庁の庁内誌のインタビューで、知事がこういうことをいっているんですね。いろいろありますけれども、花押のない書類はパスさせない、その前の書類チェックは、濱渦、おまえがやれ、おまえのところで収れんさせたものだけを持ってこいといっているんです。本気ですかといわれるインタビューもあったんですが、私は、こういうふうに特別職が何人もいたり、局長が何人もいたり、十八万の職員がいたりする中で、知事のところへだれも物をいっていけぬ、濱渦さんだけが窓口だという感覚はいかがかなというふうに思っておりまして、年寄りの冷や水ではありませんが、そういうふうにとられれば仕方がありませんが……。
 私は、けさのニュースを聞いていて、ハワイ沖の原潜「グリーンビル」ワドル前艦長の話が出ていました。結局、調べた結果、ワドル前艦長というのはすばらしい能力の方で、技術的にもすばらしい方、そして部下には畏怖をされていたと。日本語は難しいよ、畏怖。畏敬という言葉がありますよね。畏敬じゃなくて畏怖されていたので──きょうのニュースでは、私は確かに音を聞いて、船が近づいているなというのがわかったけれども、そのことが艦長まで伝わったかどうかはわかりません、艦長がそのことについての認識をしなかったか、あるいは、いわれるようなコミュニケーションが成っていなかったか。したがって事故になっちゃったといえばそれまでですけれども、もしも我が大東京都の知事室におきましても、石原慎太郎さんが裸の王様になってしまっては困るなと、私はこう思っているわけであります。
 私は、石原さんとは、昭和四十三年、全国区参議院の選挙で、日本の新しい世代の会というのを慎太郎さんがつくりました、そのときの東京における練馬支部長というのをやって以来のご縁でありますから、彼自身の選挙戦績をちょっとメモしてみたんですが、全国区参議院、一九六八年、昭和四十三年、三百万余り、その後、美濃部さんと戦って破れた選挙でも二百二十万余り、この間勝った知事選挙が百六十六万、そして、衆議院議員として八回当選した石原さんは、平均十万としたって百万近い票をとっていまして、八百万票も石原慎太郎と書いてくれた政治家が日本じゅうにいるかいないか私はわかりませんが、まさに希有の人材だと思うんですよ。
 よくぞまあ東京都知事になってくれたと思っているんですけれども、そこのまた補佐役であった濱渦さんも、学生時代に私のところへ来て石原の最初の選挙を手伝った一人です。それが今、濱渦、おまえしっかりやれと。今日、彼は、東京都庁の副知事として頑張っているわけですから、このような言葉の中で、賢明な濱渦さんでありますから、知事に物事を伝えないというような、あるいは知事に物事が伝わらないというような心配はないと思うんですけれども、ぜひひとつその辺……。
 これだけおるところで、大っぴらに私はいわせてもらって申しわけないと思いながら、これだけ立派な石原さんなんですから、どうか日本をリードする意味で、そのためにも東京都の──ちょうど四月十一日が、知事の一期目の折り返し地点だ。そういう折だけに一言物を申しまして、私のいったことが老婆心で、杞憂に終わっていただければありがたいなと思っているんですが、ご所感がありましたら聞かせてください。

 奥山氏は都議会自民党の重鎮です。練馬区選出で、都議を8期務め、都議会自民党幹事長、都議会議長を務めました。この年の予算議会では、勇退を前にした都議が相次いで、都庁内に側近による歪なヒエラルキーができつつあることを指摘していました。奇しくも、同年4月に都庁には「知事本部」(後に「知事本局」)なるトップダウンの組織が設けられ、保守政治家たちの憂慮は当たってしまうことになります。

 石原知事は都庁に来ない。都庁には、留守を預かる側近をトップとしたヒエラルキーが台頭し、恐怖政治が行われたのです。

 その行きついた先が2005年の「やらせ質問」事件です。その経緯は連載で述べた通りですが、奥山都議の指摘通り、石原知事は都庁内で「裸の大様」と化して、都合の良い情報しか耳に入らず、自分の足元をすくわれる結果となりました。世間的に見れば、石原人気は絶頂期でありました。しかし2期目以降、新銀行東京の失敗や豪華海外出張、尖閣諸島の購入など、都政に負の遺産を残して、都庁を去ったのです。

 彼の国民的人気こそが〝虚像〟であったし、彼は都庁では〝孤独なボス〟であり続けました。

 本来、東京都はそういう石原的都政の失敗を総括して、地方自治の本旨に沿った当たり前の自治体を目指すべきだったのです。

 ところが、今も相変わらず都政はポピュリズムに振り回され、首相になりたい政治家のおもちゃにされています。小池都政は石原的都政の劣化版と指摘したのは、そういう意味です。

 小池都政とは、平成の時代に現れては消えた「改革派」の最後の砦でもありました。多くの都民には、東京のみならず、日本を変えてくれそうな変革への期待があったはずです。残念ながら、その後の都政は〝小池劇場〟という政治活劇の場となり、都民の改革への期待はテレビのワイドショーのネタとして消費されてしまいました。

 「改革」という言葉を使った政党や政治勢力が平成の時代に現れては消え、現れては消えてゆきました。特徴は、何らかの敵をやっつければ、理想の国家が実現できるという勧善懲悪の政治活劇で大衆を扇動することでした。しかし、その絶頂期は短く、そのたびに政党は集合離散や看板の架け替えを繰り返して、改革を志す若い政治家たちが放浪しました。

 都政もしかり。都議選で自民党は決して強くはありませんが、それでも鈴木都政以来の自公主導の都議会は続き、議席が少なくなってもそうした政治力学から逃れられません。都民ファーストの会はいずれは、さらに議席を減らすか、自民党化して、自公政治の枠の中に溶けて消えるのでしょう。

大阪でも選挙を人気投票にしてしまう愚

 つい先日行われた衆院選で、立憲民主党の辻元清美氏が小選挙区と比例の両方で落選し、議員バッチを失いました。大阪のリベラル勢力の中では、彼女を大阪府知事選に担ぎ出そうという声が出ているそうです。風のうわさでそんな情報を聞いて、都知事選で鳥越慎太郎氏を立てたときのことを思い出しました。

 確かに辻元氏は大阪では絶大な人気を誇りますが、府知事選で現職の吉村洋文氏に勝つことはできないと思います。これはおそらく新人同士の争いとなる大阪市長選でも同じでしょう。大阪は既に一定層の維新支持者が存在していて、単にポピュリズムだけで府政や市政が支えられているわけではありません。だから、辻元氏でも負けたのです。

 そもそも、維新の会というカルト勢力が勢いを増したのは、辻元氏も社民党時代に国土交通副大臣として参加した旧民主党政権が元凶です。彼らの失敗が大阪で維新を生み、全国に広げたのです。現在の野党共闘とは旧民主党勢力に共産党をプラスした程度で、当時から野党勢力の枠組みはほとんど変わっていません。その旧民主党勢力の象徴のような辻元氏を擁立しても、維新の会にとっては痛くもかゆくもない。むしろ、美味しいえさが飛び込んできたとほくそ笑むのではないでしょうか。

 こうやって首長選挙を人気投票にしてしまう政治力学は、なにも自民党だけの嗜癖ではありません。野党も同じです。

健全な保守とやさしいリベラルの共同

 私は、今の日本社会や政治の閉そく感を打破するには、健全な保守とやさしいリベラルの共同が必要だと思っています。それは、自公政治でもないし、野党共闘でもないし、維新でもありません。ポピュリズムの力を借りることなく、選挙を市民的な議論の場とし、対話の積み上げで政策を完成させていく。そういう政治勢力が育ってほしいのです。

 私はむしろ野党ではなく、保守勢力に期待しています。自治体選挙は国政の枠組みにこだわる必要などありません。ポピュリズムの力を借りずに都知事選を闘い、四半世紀にわたった〝石原的都政〟に終止符を打つ。都知事という公職を、首相になりたい人のワンマンショーではなく、地方自治の本旨にかなった自治体のリーダーとして振る舞う。

 そういう志を持つ人を擁立し、知事に押し上げるのであれば、保守も革新もありません。私は自民党支持者ではありませんが、自民党の中こそ〝健全な保守〟の芽があるのだと思っています。リベラルの側はそういう保守を色眼鏡で見ず、小異を捨てて大同につくやさしさが求められます。

 私はこれまで10回の連載で、この四半世紀に見てきたこと、感じてきたことをありのままに記録に残したつもりです。25年以上前のことになると、記憶に頼って不正確な部分もあるかもしれません。そこは遠慮なくご指摘ください。私はほとんどの記事を無料で公開してきましたが、この連載では1本200円という価格を設定させていただきました。全て読むと2千円ですので、決して安い価格とは言えませんが、それでも購入していただいた方がいらっしゃいます。この場を借りて御礼申し上げます。

 連載は全10回でいったんは完結させていただきましたが、今後も連載を補足する意味で記事を追加していくことも考えております。いつまでとはお約束できませんが、マガジンをフォローしてお待ちください。


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