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宇宙風船 #SS

  宇宙は縮んでいる。膨張してるって、みんな思ってるやろ? 色んな研究者が言ってるから。いやいや、実際は縮んでるんや。膨張しているとする論理、あれはホモ・サピエンスがこしらえた数字と定義で計算してるだけやもん。そのホモ・サピエンス自体、おれが創ったのやから。

 宇宙はおれが膨らませた風船なんや。飲みながら餃子を食った口で膨らませたもんやから、息に含まれていたアミノ酸から勝手に生命が誕生したちゅうわけや。

 広大な宇宙の隅っこの、太陽系第三惑星の地球。そのなかで若造のくせに一番デカい顔をしているアメリカっちゅう国が、一九六九年に衛星の月に着陸したやん? まあ、一九六九年ていうのもあいつらが勝手に決めよった数字なんやけどな。

 全世界に流された月面着陸の映像はハリウッドで撮影したやつ、ちゅう噂は嘘やで。月にはほんまに行きよってん。せやけどあれから五十四年も経ってるのに、二度目がないやん? アポロ11号よりずうっと小さい探査機でさえ、着陸失敗ばっかりやん? 

 と思ってたらつい先日、JAXA探査機が月面到着したニュースが飛び込んできた。へえ、やっとか。せやけど、逆さま着地で搭載された太陽電池が発電できない状態で、「太陽の向きが変われば電池が復活するかもしれない」やて。

 なんやそれ。太陽頼みか? 

 内臓バッテリーで撮った月面の画像にはちょっと感動したけどな。せやけどこのまま太陽電池働かんかったら、ただのゴミやがな。そんなん、成功とはいわんやろ。

 五十四年も経ってるのに、ぜんぜん進歩してない。おかしい思わん?

 なんでかいうたらな、宇宙が縮んでいるからや。縮むことによって物事を推進させる力に拮抗する「反作用」が働いてるんや。それが月への着陸を押し戻したり、せっかく着陸しても機能不全だったりする。

 実は、反作用は人間の意識にも影響してる。むかしの研究現場は過酷なものやった。結果を出すために不眠不休で作業するのは当たり前やったし、決して表には出せないけど、NASAの人体実験で数万人が死んでるねん。 

 そんな究極の状況では、人間の脳はふだん使っていない領域が活性化しよる。その結果、思いもよらないアイデアが閃いたり、うまい解決法を導く。それが技術の進歩につながり、月面着陸へと発展したんやな。

 お前らかて締切間際になったらめっちゃええ文章浮かぶやろ。
 それと一緒や。

 宇宙の収縮速度はここ二十年でかなり加速している。反作用もそれに比例し増大し、みないちように怠け者になった。

 たとえば、昔に比べておそろしく人命優先の風潮になってしまった。休息、ゆとりが尊重されて、研究職のくせにほいほい休み取りよる。テレビのアナウンサーも体調不良で休みます~すぐ言いよる。

 たとえば先日おれの部下の女が急の休みを申し出てきたんだが「生理通がひどいので本日休暇をいただけませんでしょうか」。

 うら若き乙女がおっさんに生理痛て。なんといういやらしい、ふしだらな女だ! おれの若い頃にはむさくるしいおっさん上司に、若い女が、生理なんて言葉を、ぬけぬけとあっけらかんと言い放つなど考えられなかった!

 世の男性が生理にたいする理解が浅いと言われているのはもちろん知っている。まあ、おれもそうなんだろう。労働基準法第68条「使用者は、生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求したときは、その者を生理日に就業させてはならない」こんな法律のためにうちの社でもいよいよ今年度から「生理休暇」なるものを導入するらしい。なんだこの気持ち悪い四字熟語は。

 このクソ忙しいのに生理がなんだ、薬のんで乗り切れやがれ!

 世のやつらが「辛抱」「我慢」を忘れ、こうして休暇を重要視するようになった結果、脳味噌もだらんとなって、眠ったままで、技術の進歩が停滞、むしろ後退してしまってるねん。これが現在、人類が月へ行けない理由。

 宇宙には地球みたいな惑星がぎょうさんあって、どれにもホモ・サピエンスみたいな生物が生息している。お互いを宇宙人というてるみたいやね。どいつもアホばっかりやねん。争いばっかりして、作物をつくったり自分らの住む土地を自分らで狭めていっとるから。

 たとえば地球のやつらは、諍いおこして自分らで住みづらくしておいてからに火星に基地造るいうてるけど、とんでもない。火星でもろくでもないことやりよるに決まってる。ぜったい阻止せなあかん。

 よく観察すると、こいつらはたいがい隣国同士で争っとる。この心理はよくわかる。隣同士、仲良くはしたい。けど、あんまり近くに居られるとそいつの欠点が目につくんや。

 二十年前におれの女房がこの家を出て行ったのもこれが原因やろ。好きで一緒になったのに、お互い相手の嫌なところが気に障って、喧嘩ばかりやった。一年に一度きり、七夕の頻度で会ってるんやけど、昨年また喧嘩になった際、話の流れでさっきの生理休暇の愚痴を言ってしまった。

「あんたなあ、生理のしんどさわからんやろ? 擦り傷や切り傷の痛みとちゃうねん、なんかこう、気持ちわるうい鈍痛が最低でも三日ほどずっと続くねん」

「わかるはずないわ、おれ女とちゃうもん」

「女子って真面目やからめっちゃがんばるねん。生理の時にトイレに行きたくても仕事忙しかったら我慢してまうねん。で、ちょっと漏れてイスについたりするねん。私もそれでイスこっそり掃除したことあったわ。どんだけ恥ずかしかったか」

「・・・・・・」

 生理を連呼されしかもこんな衝撃的な話におれは何も返せない。

「だからこれ読んでる管理者のみなさん、部下が生理で休みたい言う時は休ませてあげて。もしくはテレワークさせてあげて下さい」

「おまえどこに向かって言ってるねん?……それにおれの部下の女は二週間前も同じ理由で休みよってん。ズル休みってバレバレやろ」

「あんたが嫌いやから顔合わせたくないんちゃう? わかるわー。だって、あんたみたいな最悪なパワハラモラハラ男、ないわ」

 女房が最後に残したセリフがこれや。夜、もう金輪際会わないとメールしてきた。戻ってきてほしいけど、一緒にいたらうまくいかんのはようわかってる。だから追いかけない。まいにち飲んでばっかりや。

 二十年前、女房が出ていってやぶれかぶれになったおれは、風船をしばってる口をちょこっとだけ緩めた。こうして、二十年前から宇宙は少しづつ縮んでいっとる。それで、どの惑星でもいちように文明の後退をしとるちゅうわけや。反作用のせいでな。

 一気に緩めて即死させるのはかわいそうやから、少しづつ縮まるようにしてあげたんやけど、いま、頭のおかしいどこかの大統領がミサイルの発射ボタンを押した。

 大統領よ、おまえも悲しいさびしいアホなやつや。 
 アホども、さらばじゃ。

 おれはくわえていた爪楊枝を風船に刺した。ぷしゅうう……と、なさけない音をさせながら高速で風船が縮んでゆく。

 核炸裂による熱傷や放射能被害はゼロであった。なぜならそれよりも前に、核自体も、人も、森も、星々も、圧縮熱により一瞬で溶け、炭化あるいは蒸発したからである。

 宇宙はやがて一個のカスとなった。超高濃度の汚物の詰まったカス。おれは机の引き出しを開け、木箱を取り出した。蓋を開け、カスをつまむと、あまたのカスの山の一番上にそっと置いた。

 中学の技術の時間に作ったカセットテープ入れ。同級生の女房が好きだと言ったから、オフコースのテープをせっせと集めてた。

 カスの山をながめながらしばらく飲んでいたが、やがて寂しくなり、おれは次の風船をふくらませた。





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