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即興型ディベート 世界最強豪校での2人の挑戦 ~河野周教諭 × 加藤彰コーチ~

日本の高校生ディベートを世界レベルに少しでも近づけるためには、自身の成長が不可欠だと思い、即興型ディベートの世界最強豪校であるシドニー大学のディベート部の門を叩いた河野周教諭。大会の出場のためには部内の「トライアウト」を通過する必要があるのですが、その壁は厚く、加藤彰にコーチを依頼しました。2人の挑戦の結果、なんと倍率約5倍のトライアウトを見事通過!

この記事では、「ディベート教育」「ディベートコーチ」の事例を公開します。今後日本ディベート教育の発展の一助になれば嬉しいというのが、河野周、加藤彰両方の願いです。(特に、コロナウイルスの影響で、どこかに集まってラウンドすることが難しい今、完全にオンラインで行った今回の取り組みも参考になればと思いました)

*ディベート教育/コーチの考え方・アプローチは多くあるかと思い、加藤も駆け出しのため、試行錯誤中です。したがって今回の事例に対するコメントやアドバイスはぜひ頂戴できればと思いますし、この記事を契機に、今後多くのコーチ事例が公開され、最終的により良いアプローチが模索されることを願っています。

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世界最強豪校に留学することで、日本の高校生ディベート教育に貢献したい!

加藤「まずは改めまして、そして遅くなりましたが、世界で最も強豪だと言われているSydney大学の選抜を通過したこと、おめでとうございます!特にオーストラリアの3大大会の一つのEastersの出場は素晴らしいです!」

河野「ありがとうございます。加藤さんのおかげです。」

加藤「いえいえ、当たり前ですが河野さんの努力の賜物です。本題に入る前に、そもそもなぜシドニー大学に留学されたのか、という“想い”を教えて頂けないでしょうか?

河野「日本の高校のディベート教育に貢献したいという強い思いがありました。というのも、自分の学校の生徒や全国大会で活躍した他校の生徒が世界大会で他の国のディベーターに簡単に負けてしまう光景を目の当たりにして、このままではまずいと感じたからです。私自身は教員という立場で高校ディベート界の様々な仕事・役職に関わるようになったのですが、自分がまず世界レベルを知らなくては、高校ディベートを正しい方向に導けないと感じ、仕事を辞め、留学する決断をしました」

加藤「素晴らしいですね。国内だけでも、PDA、HPDU、ESUJ等の団体が積極的に高校ディベート教育に取り組むなど、すごく盛り上がってきていますよね。そんな中日本の高校のディベート教育に貢献する、という河野さんの想いはすごく共感していしますし、私もお力添えできればと思っています。また、もう一点素晴らしいなと思うのが、2013-2016年の間浅野中学・高等学校に勤務されていたかと思いますが、そこでディベート部を立ち上げ、生徒を全国大会上位入賞、世界交流大会出場まで導かれていること。にもかかわらず、さらに上を目指そうとされていることが素敵だなと。その中で、お恥ずかしい話ですが、なぜ私にコーチを依頼して頂いたのでしょうか?」

河野「いえいえ、とんでもないです。加藤さんにコーチをお願いしたのは、1つの学期が終了し、大学がちょうど長期休みに入る時期でした。次の学期には、この留学で一番の目標としていたEastersのトライアウトがあることが分かっていた一方、前学期に世界一の高い壁にぶつかり、今の自分のレベルでは絶対に合格しないということを感じていました。

そこで、国際大会でも活躍した日本のトップディベーターにコーチを依頼することで、自分の力を客観視し、“トップディベーターにあって、自分にないものを見つけるため”に指導を仰がないといけないと思ったのです。加藤さんにお願いした理由としては、ディベーターとして受賞歴はもちろんのこと、“加藤ゼミ”をはじめ組織として東大を強くした指導歴、さらにはブログや研究等を通して言語化するのが難しいディベートのスキルを体系化されていたところにあります。特に最近、学会などでも顔を合わせる中で、話しやすい雰囲気があったのでお忙しいのを承知でお願いさせて頂きました。」

加藤「お褒めに預かり光栄です。一点だけ補足すると、もちろん河野さんの結果が出るように全力で取り組んだのですが、私のコーチもまだまだ発展途上だと思っています。至らないところも多々あったかと思っておりますし、最近海外のコーチの人たちと話していても、まだまだだなと思っていますので。」

共同作業スタート!まずは「現状(強み・弱み)分析」

まずは最初の1時間で加藤が集中的に行ったのは河野さんの現状を分析することでした。どのような強みがあり、どのような弱みがあるのかをまずは見ることを専念しました。

具体的には、下記の3点を行いました。主観的・客観的に現状を観察することに重きを置いています。
・①ヒアリング調査(ご自身で認識されている強み・弱みや、ジャッジによく言われること、うまいと思っているディベーターの特徴などをヒアリング)
・②プレパ練(一緒のチームで試合に臨んでいるという仮定で、特定の議題の下ディスカッション)
・③(キックオフの事前に)河野さんのスピーチ音源の審査

加藤「ディベートに必要な思考法として、私はTBHの3つがあるかと思っています。Top-Downでマクロから考えること、Bottom-Upでミクロから考えること、Horizontalで相手が言ってくる内容から考えること、の3つです。私の経験上、強いディベーターは2つの思考法はしっかりと使いこなせている傾向にあります。

ヒアリングや、実際の思考・スピーチを観察して見えてきたのは、河野さんはTは非常にお上手だということでした。ただ一方で、BやHがまだ弱いというところで、安定的に成績を残すことができていないということだと思いました。」

河野「おっしゃる通りで、まさに課題意識は的を射ていてさすがコンサルだな、と思いました。(笑)

その後、目標設定も行い、このキックオフの後、3ヵ月にわたり、1週間~2週間に1回のペースで幾つかの課題を出し、それをフィードバックするというサイクルが続きました。今回河野さんに向けてカスタマイズしたコーチの内容もあれば、以前の経験をベースに行っていたような内容を混ぜて行いましたが、ここでは幾つかその例をご紹介します。

課題例① アイデアの幅を広げるため“アクター(登場人物)”を洗い出せ! 

ボトムアップ思考(ミクロ思考)が弱い河野さんに加藤がおすすめしたのは、主要なテーマに関して、主要なアクター(ステークホルダー)を洗い出し、そのアクターがどのように議題によって影響を受けるのか考えるという理論と実践を交えた練習方法でした。

加藤「ディベートで、 “アクターで考えろ!”ということはよく教わるのですが、具体的にどのように?というところはコーチから抜け落ちがちです。私がオススメしているのは、重要なテーマごとに、影響し得るステークホルダーを普段から“引き出し”としてストックしておくことです。ここではコンサルティング業界でよく使われる“MECE(モレなく、ダブりなく)”のような考え方が有益です。

例えば、経済モーションを話すにしても、これくらいの視点は最低限すぐ出せるほうが良いです。下記はあくまでイメージですし、株主ですとか労働組合等、まだまだモレがあります。」

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加藤「そして、理論だけはなく実践も大事なので、実際に課題を出す、それに対してフィードバックする、といういたってシンプルなことを意識していました。例えば、こういう議題でこういう議論を言いたい場合、何を言えばよいか?という宿題を出したのです。毎回個別に評価をつけて、このようにすると良いのではないか、まで可能な限り書かせて頂きました。」

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河野「この課題はとてもタメになりました。この課題を通じて、自分は全然アクターを見れていないというのが分かりました。1つのモーションで自分が考えると、3つくらいのアクターしか思いつかない、と思っちゃうところが加藤さんだと5つくらいすぐ出てくる。普段の試合前の15-30分の準備時間と異なり、課題ということですごく時間をかけてマックスで出して考えてもそれでも足りないんだ、ということを痛感しました。
また、加藤さんは宗教や動物の権利などオーストラリアでよく出る議題を集計し分析してくださっていたので非常に助かりました。」

課題例② 小論文を通じて「ディベートを科学する」

河野「もう一つ印象に残っている課題は、小論文でした。例えば、強い議論とは何か?ということを論じてほしいという課題。今までも漠然とは考えていたのですが、全然考えられていなかったと感じました。

加藤「言語化・理論化って本当に大事ですよね。私はこれを “ディベートを科学する”ことだと呼んでいます。 ディベートは特に説得をするという、ふわふわとしたもの、漠然としたもの、そして答えがいくつもあり得るものだからこそ、理論を作る必要があります。もちろん永遠に仮説なのかもしれないんですが、それでもいいんです。あとは実践して、理論を修正する。理論を他の人に話してみてさらに良くする、というような好循環にさえつながれば。」

河野「特に、部内で教える立場にある人は考えているのかもしれないけれども、私のような中堅ディベーターはなかなかその環境に恵まれなかったので、本当にいい経験でした。」

加藤「ありがとうございます。時間的余裕がある場合ですと、 “強い反論とは何か?”、 “初めて見る議題ではどうすれば良いか?”、“継続的に上手くなるためにはどうすればいいか?”等、他のテーマでも小論文を出すことがありまうので、お時間がある時にぜひ!」

最後に ~3ヵ月を振り返って~

加藤「自分の反省にも使いたいのでお伺いしたいのですが、3ヵ月の評価を1から10で表すとどうですかね?」

河野「10ですね。すごく大枠で言うと、トップディベーターと比べて自分に何が足りないかというのがすごく明確になりました。感覚に頼らざるを得ないディベートにおいて、加藤さんほどディベートを理論化して、コンサルティングや研究者としてのスキルを活かされているコーチは他に経験したことがなかったです。そして何より無理だと思っていた選抜も通過できたのが大きかったです。無償でこのようなことをやっていただき、ありがとうございます。」

加藤「ありがとうございます。嬉しいです。ちなみに、一番コーチ後で変わったことは何でしょうか?」

河野「日頃の練習の取り組み方だとか、ラウンドの復習の考え方とかが変わりました。今までは、これ以上考えられなかったのですが、超自我みたいな加藤さんがいて、加藤さんならどう考えるようになったのか、みたいなのを考えるようになりました。練習の量は変わらなかったのですが、質が大きく変わりましたね。おかげさまで、Eastersにも出れて国内のトップクラスのディベーターと対戦し、優秀な審査員からフィードバックも貰えたため、大きく成長することができました。この経験をもとに、高校ディベートに貢献できればと思います。」

加藤「お褒めに預かり光栄です、ありがとうございます。人格者で努力家の河野さんにそうおっしゃって頂き嬉しいです。教育現場にお戻りになられて、今後ますますご活躍されると思っています。ご自身も競技者をやられていたり、ずっと学ばれ続けられているので、高校生ディベート指導の最先端にいられるのかなと思います。私もコーチ・教育はまだまだですので、今後も色々勉強したく、教育を本業としている河野さんからも色々教えて頂ければとも思っています。引き続きよろしくお願い申し上げます。」

河野「はい、よろしくお願いします!」

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シドニー大学をバックにした河野周さん

(参考情報)

河野 周 (かわの あまね)
上智大学大学院にて心理学を専攻し、英語力とクリティカル・シンキングの関連を研究。研究の傍ら、英語ディベート部に所属し複数の大会で優勝。その後、英語科専任教諭として浅野中学・高等学校に勤務(2013~2016年)。同校において、ディベート部を立ち上げ、全国大会上位入賞、世界交流大会出場に導く。また、自身もディベート活動を継続し、社会人英語ディベート全国大会優勝(2014年)、教員英語ディベート全国大会優勝(2015年)、高校生英語ディベート全国大会3年連続最優秀ジャッジ賞受賞(2016・2017年・2018年)などを受賞。日本の高校生ディベートを世界レベルに少しでも近づけるため、シドニー大学大学院の留学および同大学ディベート部(世界大会最多優勝チーム)に所属することを決意。

University of Sydney Union Debating Society:
WUDC(即興型英語ディベート世界大会)において、優勝回数・決勝進出回数ともに世界一位。2019年世界大会も優勝。決勝進出に関しては、10年連続(世界で唯一)。部員は100名を超え、高校時代に全豪で活躍したメンバーが集まると同時に、オーストラリア代表として高校生世界大会で活躍したメンバーも多数所属。

Easters
Australs, Womens’に並ぶオーストラリア3大トーナメントの1つ。AustralsおよびWUDCのいれずれかの国際大会で学内選抜されたことのないディベーター向けの大会。国内最大級の大会で、今年の参加者は約300名。

Eastersのトライアウト(Trial)
Eastersに参加するためのトライアウト。オーストラリアの各大学が実施。今年のシドニーの場合は、参加者は約100名で、その中から30名が選抜された。トライアルは、2日間の試合形式で行われ、選考は世界大会の優勝者・準優勝者等が務める。

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