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  2-⓲ 天才vsマジシャン

 レースはスローペースで淡々と進んでいた。
 1000メートル通過1分1秒5、2000メートル通過2分6秒5の超がつくスローペースで、我慢が効かない数頭の馬が馬群の外からかかり気味に上がって行く。

 1番人気は、前年のグランプリ馬で、前走大阪杯も圧倒的な末脚を発揮してG1を連勝中の《弾丸》コルトガヴァメント、2番人気には、前年の菊花賞馬で前走阪神大賞典勝ちのハイパーレスキュー、そして3番人気に翔馬が騎乗するブレストファイヤー、4番人気に重賞2勝の逃げ馬、ステイクホルダーと続き、前年の天皇賞秋、ジャパンカップ連勝のユーフォリアーは、前走大阪杯2着後の脚部不安により出走を回避していた。

 戦前の予想通り、ステイクホルダーがレースの主導権を握り、ハイパーレスキューは中段外めを、コルトガヴァメントは後から4頭目のインでじっくりと脚を溜め、翔馬はぴったりとその背をマークしていた。

 第3コーナー入り口、下り坂を利用して、一気に各馬が仕掛けを見せる。
 コルトガヴァメントもエンジンを吹かし、前を走っている馬が下がってくる事で受ける不利益を避ける為だろう、馬群の隙間を縫うように先団に取り付いて行く。

 翔馬はその背中だけを見つめていた。


 翼は、尾形スタリオンのスタッフ達と共に、リビングでそのレースを見守っていた。
 ゴールデンウィーク真っ盛りではあるが、妻も子供達も、また、近隣の牧場スタッフ達も一堂に会していた。

 誰もが声を発する事ができず、レース実況のアナウンサーの声だけがその空間を支配していた。

 翼は祈った。
翔馬、頑張れ!と。

 3人の子供達も両手を胸に当てて、大きな瞳をテレビの画面だけに注いでいた。


 先頭集団は、若干外に膨れながら第4コーナーを回った。
 翔馬は慌てなかった。
京都の第4コーナーは必ず内が開く。コルトガヴァメントの鞍上は、現役最多勝利数を誇るかの天才だ。必ず内を突いて来る。

 翔馬はその背から、相棒に思いを伝えた。

「さあ最終コーナーを回った!最後の直線だ!先頭はステイクホルダー、ステイクホルダー先頭!2番手に上がったハイパーレスキュー、早々と並び掛ける!先頭2頭の争いだ!馬場の真ん中を割ってレコードタイムがやって来た!外からロックディスウェイ、カリスマチャンプも脚を伸ばす!しかし先頭2頭が差を広げた!リードは3馬身あるぞ!さあ、このまま前2頭で決着するのか?レコードタイムが脚を伸ばすが、来た来た、やって来た!内から来た!弾丸コルトガヴァメントやって来た!ぽっかり空いたインを突いて天才鷹がやって来た!その後ろ、ブレストファイヤーも上がってきた!コルトガヴァメント、レコードタイムに並び掛ける!
ステイクホルダー遅れたか?先頭ハイパーレスキュー、ハイパーレスキュー先頭!
菊花賞馬の強さを、この舞台で見せつけるのか?残り200メートルだ!コルトガヴァメント猛追!外からロックディスウェイももう一伸びだ!しかしコルトガヴァメント、僅かに遅れてブレストファイヤーもやって来る!2頭が一気にやって来た!ロックディスウェイここで尽きたか?コルトガヴァメント、ハイパーレスキューに並び掛ける!ブレストファイヤーは・・・」

 やはり、かの天才はインコースで下がってきた馬をやり過ごし、その隙を見逃さずにごちゃついた馬群の真ん中を避け、インを突いて脚を伸ばした。

 翔馬とブレストファイヤーはぴったりとその背を追った。
 翔馬の意を理解したのか?パドックでしきりに首を振っていたのは、雪辱する相手を探していたのか?ブレストファイヤー自身が自らの意思でその背を追っているかのようだ。

 師に伝えたい思いがある。
 届けたい夢がある。

 負けられない‼︎

 翔馬は渾身の力でステッキを振るった。

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