「半導体の民主化」を阻む要因に対する解決策はあるのか

「半導体の民主化」みたいな文脈で、これまで10年ほど、いろんなことを考えて試してきた。例えば「Lチカチップ動画」 をつくったり、MakeLSI:というのでコミュニティ構築や相乗りチップ試作をやったりしてきた。10年やってみて、つくづく思うのは、「半導体の民主化は難しい」、つまり「誰でもチップ設計・製造できる世界は遠い」ということ。

そして最近つくづく思うのは、その困難の根源は「製造が自分でできない」ということにあるような気がしてきた。

ソフトウエアも、電子工作も、デジタルファブリケーションも、その気になれば「自分でつくる」という選択肢がある。もちろん「めんどくさいからありものを使う/買う」こともできて、それを選ぶ場合も多いわけだけど、「自分でやればいい」という選択肢があるのは、大きい。

その点、半導体の製造は、あまりにも多岐に渡る技術の結晶で、それを自宅でやるのは、残念ながら無理。Sam Zeloofという変人(褒め言葉)が「おうちクリーンルームでCMOS IC」をつくってるけど、危険な薬品も多いし、クリーンベンチ必須だし、とても「逸般の誤家庭」のレベルではない。

集積回路を作るための技術には、化学処理に使う薬品のような化学現象や、結晶表面の汚染のような物理現象があるけど、これらが「お手軽になる」ことは、残念ながら(ほぼすべての情報技術の課題を根底では解決してきた)ムーアの法則は関係ないし、この先、科学技術が進歩しても、残念ながら不可能なんじゃないかと思う(少なくとも単結晶シリコンの半導体現象を使う集積回路は)。例えばシリコンはeleven-nineの純度の単結晶でないと半導体現象がみえないし、MOSFETがまともに動作するためには徹底的なNa排除が必要だし、酸化膜の成形には超純水と高温加熱が必要で、酸化膜(SiO2)を溶かすのにはフッ酸が必要で、これらは変えようがなく、「がんばれば解決できる」ものではない。デジタルファブリケーションでは、いろいろな技術の進歩の結果「おうちで3Dプリンタ」は実現できたわけだけど、半導体製造は、無理。

「おうちで半導体」のうち「おうちで半導体設計」は、だいぶできるようになってきたけど、「おうちで半導体製造」は無理で、製造工場(ファブ)に発注することになる。そのため費用、製造期間、NDA(秘密保持契約)、カスタマイズ困難、といった「半導体の民主化」を阻む要因を避けることができない。いくら減価償却が済んだ古い製造装置・工場といっても、物理的におうちに設置できる代物ではないし、お遊びのつもりぐらいの費用ではとても維持できない。つまり「マネタイズ」が必要で、そのためには利用者が必要、でもNDAなどで利用者が増えず、という鶏と卵の問題と、特に初期費用が高額という半導体固有の事情もあって、袋小路に入っているか、高度化・寡占化してますます民主化から遠のく(ファブに平身低頭お願いするか札束で殴るしかできない)、それがいまの半導体。残念ながら補助金や善意だけでは、持続ができない。

(230902追記)それでもPCB製造みたいに、「お気軽に発注できればいいんじゃない?」という考え方もあると思う。それは、eFablessがやってるmicro-typeout(ものすごい小さい区画の相乗りシャトルを定期的にやっていてビジネスとして成り立っている)のような相乗りシャトルとか、ミニマルファブのような小ロット多品種単TAT(Turn Around Time: 製造が終わるまでの時間)の製造技術が実用化・普及(それはそれでまだだいぶ時間がかかりそうだけど)すれば、PCB並みに「お気軽発注」ができるようになるとは思う。
しかし、「ちょっと変わった素子・構造をつくりたい」「ちょっと変わった部品を使いたい」といったカスタマイズや、ミスに対する修正は、プリント基板レベルであれば、自分で半田づけしたりジャンパ線を飛ばしたりすることで、できる。あくまでも「それが面倒かどうか費用的に割に合うか」ではなく「その気になれば可能」というのがポイント。しかし「半導体製造の外注」の場合では、それが事実上できない。ちょっと特性を変えたMOSFET(例えばデプレッション型MOSFETを使いたい、とか)がほしいとか、ちょっと細い配線を使いたいとか、そういうカスタマイズは、自分の力ではできず、ファブに頭を下げるかだいぶ高い札束を積むことになる。またミスがあって修正するにも、FIB(収束イオンビーム)のような、誤家庭にはない超高額な装置が必要。いずれも「自分でできる」ものではない。
だからこそ、「おうちで半導体製造」ができるべきなんだけど、それが不可能なのが問題の根源。

といいつつ、あきらめきれないので、方策はないのかを考えてみる。思えば2010年半ばごろから、Makeの世界で「バイオロジー」をみかけるようになった。Make blogにもscience/biologyのカテゴリがある。オープンソースなPCR検査器というのもある。

バイオテクノロジも、それなりにクリーン度が必要で、純度の高い試薬が必要なはずで、それらは半導体製造と同じように「がんばれば解決できる」要因ではないはず。半導体のクリーン度とは桁が違うし、問題となる汚染物質も違うから、一概に比較はできないけど、それでも「バイオテクノロジの民主化」がなされつつあるのは事実で、それが実現できる要因が何なのか、とても気になる。ちょうどオライリーの本に「バイオビルダー ―合成生物学をはじめよう」という本があったので、入手して読んでみようと思う。何かヒントが得られるかもしれない。あわせて、取り組んでいる人の話を聞いたり調べたりしてみようと思う。

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