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聖農 石川理紀之助の足跡

「寝て居て人を起こす事なかれ」この言葉を聞いたことがある人は、少なくないのではないでしょうか。
これは潟上市の偉人、石川理紀之助が残した言葉です。

こんにちは!
潟上市役所の石井と菅原です。
皆さんは、石川理紀之助のことをどのくらい知っているでしょうか。
今回は、秋田県の農業の礎をつくった、石川理紀之助のことを知るために、潟上市郷土文化保存伝習館へ伺いました。

この建物には、理紀之助の足跡を示す多くの書物や遺品が収められています。
我々は市職員の佐藤哲夫さんに、理紀之助の主な4つの功績についてお話を伺いました。

1つ目の功績は、「適産調てきさんしらべ」です。
これは、理紀之助が7年の歳月を費やして、県内外の49町村を対象に、土壌の種類や田畑面積、人口、戸数、生産物、自作農地と小作農地の収入、農作業、生活習慣に至るまで細かく調査した調書のことです。
731冊に納められた調書は、現在伝習館で保存されており、第1展示室で見ることができます!

続いて2つ目の功績は、「宮崎など全国各地の農村救済」です。
理紀之助は明治18年から貧しい村の救済事業を始めて、明治35年には、尊敬する友である前田正名まえだまさなの要請により、宮崎県谷頭村(現:都城市山田地区)の農村指導を行いました。
旅費や小遣いを全て自己負担とし、死を覚悟して同士7人とともに滞在、極貧怠惰な村をわずか6ヶ月で立て直しました。
この農業指導が縁を結び、平成22年から潟上市と都城市の小中学校で相互交流が始まり、令和5年は都城市の小中学生9名が潟上市を訪れ、地域の方々と交流を図りました!

3つ目の功績は、「草木谷山居生活くさきだにさんきょせいかつ」です。
理紀之助は豊川山田村(現:潟上市昭和豊川山田)の経済を立て直すために、朝3時に板木はんぎをたたいて村人を起こし、仕事に取りかからせました。
自らが率先して働くことで、村人に影響を与え、計画よりも2年早い5年間で凶作時の借金を返済しました。
この成果が政府にも伝わり、東京の農商務省(※農林水産省と経済産業省の前身)で講話をすることになります。
理紀之助が遺した、「寝て居て人を起こす事勿れ」はこのときに発言されたものです。
その意味は、自分が先頭に立って手本を示し、人を動かすことであり、理紀之助の人間愛から生まれた格言と解釈されています。
しかし、この成果に対する批判もありました。
そこで理紀之助は、草木谷に小屋を建て、1日12時間働き、睡眠は6時間、食事雑用を6時間とした結果、3年で初期投資による借金を完済し、自分の考えが正しいことを証明しました。
その後、火災により山居は失われてしまいましたが、焼失を聞きつけた弟子たちが5時間で再建した「五時庵」が現在も残されています。

現在、草木谷で里山保全と環境保護活動に取り組んでいる、NPO法人「草木谷を守る会」では、田植え体験や稲刈り体験等様々な事業を行っています。地域住民や学生らがともに有機栽培した酒米「秋田酒こまち」で醸した純米吟醸酒「草木谷からの爽風かぜ」は潟上市ふるさと納税の返礼品としても人気です!

4つ目の功績は、「種苗交換会」です。
毎年開催されているこのイベントに、参加したことがある方も多いかと思います。
かつては、種や苗を交換する「種子交換会」として開催されており、優れた農業技術の情報交換の場ともなっていました。
この種苗交換会が、農家の農業技術を高めるものとなり、現在も続けられています。

今回は、聖農 石川理紀之助翁の足跡をたどってみました!
理紀之助は、紹介した4つの功績だけでなく、他にもたくさんの功績を残しています。
もっと知りたい!という方は、潟上市郷土文化保存伝習館(石川翁資料館)へお越しください!
また、例年「石川理紀之助翁検定」をウェブサイトで開催しております。理紀之助に詳しくなって受検してみるのもいいのでは!?
おわりに、この記事だけでは潟上市の魅力をお伝えしきれなかったので、実際に潟上市に足を運んでいただけたら幸いです。

【著:潟上市役所 石井笑美、菅原雄平】

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