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特撮女子の結婚 第三話

あらすじ:美妃はキー局の女子アナ試験に失敗し地方ローカルテレビ局で広報担当をしている。その地方のローカルヒーローを紹介するニュース番組の制作に携わったある日、ヒーローや怪人の造型をひとりで担当する女の子・つばきと出会う。女子力どころか、造型に集中するあまり、不健康・不衛生でめちゃくちゃな生活を送るつばきに美妃は度肝を抜かれるがーーー。

「乾いちゃえば無臭になりますが、液体のうちはダメですね。アンモニア強いんで直接嗅ぐと気絶するかもしれません。怪人の材料です。これに塗料を混ぜてウレタンに塗れば、乾いて怪人の皮膚になります。」

へらへらと笑いながら彼女はそのボトルを開けようとした。私は驚いて、それを止めようとあわてて口を挟んだ。

「か、怪人の材料? これ全部作ったんですか? っていうか、着て戦うんですよね、すごーい。どうやって作ったんですか?」

「えー、やだなー、簡単に聞くんだから。これだから一般人は。」

 『一般人』というのはどうやら悪口らしい。ネガティブなワードを吐きながら、対照的に、隠しきれない笑顔をこぼしながら彼女は話し始めた。『よくぞ聞いてくれました!』と顔に書いてあった。

「説明しよう! まず最初にアクションする俳優の身体のサイズに合わせたマネキンを段ボールで作ります!

次に伸縮性のある素体、全身タイツをマネキンに着せる。そしてデザインに合わせて一度ラテックス、液体ゴムを塗って乾かす。ウレタン、この薄いスポンジの板みたいなやつをボンドで張っていきます!

そしてラテックスを塗って乾かして、固まったら水彩絵の具を混ぜたラテックスを重ねます! ね! 簡単でしょ?」       

そう言って彼女は、床に散らばっていたスポンジのクズの中に埋もれていた、段ボールでできた人の形をしたものを、仲の良い友人がするように肩を組んで見せた。リアクションがいちいち漫画っぽい。

ただ、ふざけていても、段ボールで作ったマネキンは、素人目にもとても丁寧に作ってあった。それは段ボールを伊達巻のようにロールして、布テープをぐるぐる巻きにして棒状にしたもの組み合わせ、その上からまた布テープを巻いて人の形、胴体と四肢を成型していた。おそらく男性がモデルであるそのマネキンの胴体はきれいな逆三角形をしていたし、肩、腰、腕の関節の位置にはそれぞれ別の段ボールロールを組み合わせて関節の場所をわかりやすく示していた。俳優に合わせてサイズはもちろん、四肢の関節の位置をひとつひとつ測っているのが分かった。それはきっと、その怪人の着ぐるみを着てアクションをする人間にとってとても大切なことなのだと思う。たかが段ボールロールのマネキンに緊張感が漂っていた。

「そしてこれに素体を着せて、こう、ウレタンを貼るわけですよ。」

素体というのは、伸縮性のある生地で作った全身タイツのことらしい。見れば、良く見る黒い全身タイツの他、赤や緑、市販品の全身タイツがドン・キホーテの黄色いビニール袋の中で丸まっていた。

ウレタン、というのはスポンジ状の発泡スチロールのことだった。デスクの上には木の葉のような形に切られたアイボリーホワイトの薄いウレタンが並んでいた。大きいもの、小さいもの、数種類のウレタンがサイズに合わせて並んでいる。彼女はその数枚を手に取り、マネキンの上に並べてみせた。

「これは…ウロコですか?」

「そうそうそう!」

数枚の大きさの違うウレタンを並べると、それは背中から腰に掛けて、流れるようなラインを描いて怪人の鱗の生えた背中になった。さっき目を奪われた蛇の怪人の背中の鱗に似ていた。それにしてもその鱗の一枚一枚を成人サイズの素体に貼っていくのに、私は気が遠くなりそうだった。

「デザインを考えるのも楽しいっすよ。見てくださいよ、これは新作! あっちの蛇男と対になるんです。」

彼女はスケッチブックをを開いて見せた。

そこには、おびただしい数の蛇でできた長い髪を振り乱し、鱗に包まれた肌を、バーレスクダンサーのような黒いエナメルのボンテージで包んだ女怪人のイラストが描かれていた。不気味だったのは、その蛇女の怪人がベネチアの仮面舞踏会のような白い仮面で顔を隠していたことだ。ダークグリーンの鱗で包まれた肌と、黒いエナメルのボンテージの中で、白い顔だけが能面のようにぬっと浮いて見えた。

「自分でいうのも何だけど、いいデザインでしょう? あたしのコンプレックスを描きこんだんです。」

「コンプレックス? 着ぐるみに、自分のコンプレックスを?」

「あ、今ちょっと引いたでしょ。言いたいことはわかります。恥ずかしいし、痛々しい。自分語り、うざい。」

「いやいやいや、そんなこと言ってませんよ。」

「でもいいんす。確信を持ってやっているから。最初はデザインに我はいらないと思っていたけど、そんなことない。無難にシュッとしたイケメン風のデザインは印象に残らない。特に悪役のデザインで残るのは、自分の一番醜い部分と向き合ったもの、です。自分が今置かれている辛い状況をデザインに起こすんです。エビデンスのあるコンプレックスはクリエイティブなエネルギーになる。」

「はあ…。」

 私は彼女のスケッチブックを見た。新作の怪人は、女の命である長い髪が蛇で出来ていた。それはきっとギリシア神話のメデューサをモデルにしている。たしか、蛇で出来た髪を持つメデューサの顔はあまりに醜くて、それを見た人間はみんな石になってしまう。だから英雄ペルセウスに殺されてしまう。女の顔が醜いっていう理由でマッチョに殺されるなんて、今思えば酷い話だと思う。

 素顔を仮面で隠したメデューサ。それが、製作者である彼女のコンプレックスを表現している。

 私は、その気持ちに覚えがあった。生まれや容姿で私たちは階級づけられてきた。逆らうことは許されなかった。でも『悪役』なら正義に、社会に反発したっていい。私は確かにその女怪人のデザインに共感していた。カッコイイ、言葉にしそうになって思いとどまる。

「ああ、申し遅れました。あたし、オークアクションチーム造形班の松本つばきです。柏南テレビさんは特撮ヒーロー、お好きなんですか?」

「柏南ケーブルテレビの涼宮美妃です。ヒーローものは、すいません不勉強で。ちゃんと見たことないです。」

「マジっすか。いや、あたしらは見尽くしちゃったんで、これから初見の作品がたくさんあるのが羨ましいっす。沼ですよ、特撮は。キラキラしたヒーローと、一番醜い悪役といっぺんに見れるから。」

 つばき、と名乗った彼女はこれから私がヒーローものを見ることを前提に笑っていた。そこには何の疑問もなかった。私はオタクじゃないからヒーローものなんて見ない。距離感がすでにおかしい。

 それでも確かに、私はあのメデューサの怪人が立体になって動くところを見たいと思っていた。できれば、しっかり戦ってヒーローなんかに負けないでほしいと思っていたのだった。

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