見出し画像

[短編ラブコメ小説]こいのうた4 はるかの行く道


 
登場人物
 
堀口雄太
水口はるか
柳原健二
早乙女さくら
 

 城東大学は秋真っ盛りであった。正門から続く欅並木は黄金色に変わり、女子学生の洋服も、白やブルーのTシャツから、シックな色のトップスに変わった。そして、学園祭の準備や、体育祭の準備にあわただしくなっていった。水口はるかは、この大学に通う学生で、ミュージカル研究会に所属していた。先輩にはすでにプロとして活躍している、柳原健二と早乙女さくらがいて、彼女は二人をとても尊敬とあこがれをもって接していた。
 はるかは、講義が終わった後、ベンチでぼんやりと校舎をながめて、物思いにふけっていた。何か悩みがあるらしく、ため息をついている。
「あ~あ、来年は4年生か。ついに人生で一番楽に生きられる、大学生活も最後か。それにしてもオーディションに合格、主役の座を手にいれたまではいいけど、こんなにチケットのことを言われるようになるとは。人生甘くないわね。それに就職か、女優になるか決めなくちゃ。うちはさくらさんのうちみたいに裕福じゃないし、親は、絶対就職しろっていうだろうなあ。お前を育てるのに、すごくお金がかかってるんだからね。ちゃんと元とってよ、なんてね。まるで借金してるみたいでさ、いやになっちゃよ。だいたいさ・・・」
 はるかは次第に興奮して、手振り身振りまではじめた。
「おい、芝居の稽古か、なに踊ってんだ」
「げっ雄太、こんな時にこいつと会うとは」
いつのまにか後ろに堀口雄太が立っていた。
「お前、芝居の稽古はどんな調子だ、順調か」
堀口雄太は、はるかの同級生であった。彼もミュージカル研究会に所属してはいたが、どちらかというと演劇派、いわゆるストレート・プレイ派であった。彼は、すでにプロの役者をめざしていて、就職はしないと断言していた。
「なによ、雄太には関係ないでしょ」
はるかは、ぷいと横を向いた。
「ところでお前、進路どうするんだ。就職するのか」
「うん、今悩んでるんだ」
「そうか、それで踊ってたんだ」
「なによ、まじめに話してるのに!」
「わりい、わりい。でもな、お前は、就職したら女優に戻るの難しいと思うぜ」
「どうしてよ」
「お前、まじめだからな。昼、会社のために一所懸命に働いてヘロヘロになって、そのあと芝居なんてできるか?」
「おれみたいに、バイトも適当に、芝居の役だと思って、やれりゃいいけどな。おまえにゃ無理だ」
「そっか・・・」
はるかは雄太のいうことは確かに一理あると思った。自分の性格から一度就職したら、女優の世界には戻れない、そんな器用じゃない、自分でもわかっていた。
「でもさ、雄太は生活はどうしていくのよ」
「おれか。おれはなスタッフの仕事があるからな。ほら、この間の小野寺あたりからも照明のバイトの話もくるし。役者だけじゃ食えんことぐらい、よくわかってるよ。イケメン健二先輩でもそんなこと百も承知だ。だから彼は、演出家の皆川幸雄さんの演出助手についたりして、勉強さしてもらってる。あまり知られてないけどな。あと、脚本も書いてるぞ」
「へえ、知らなかった。みんな陰ながらの努力がすごいね」
「あたりまえだろ。さくらさんだって、学校がおわれば、すぐダンスと歌のレッスンだ。寝てる暇もねえ。あと、メイクの学校にもいってるぞ」
「みんな、すごいんだ。でもさ、なんでさくらさんのこと、そんなに知ってんの」
「そ、それは蛇の道はへびだ。じゃあ、な」
雄太は行ってしまった。
「あ、雄太。まってよ・・・さくらさんも雄太のことよく知ってるし。ほんとあの二人、あやしいな。( * こいのうた 第一話参照。さくらのひみつが分かります)」

  次の日、はるかは舞台『恋愛変奏曲』の稽古場にいた。主役なので稽古は休めない。様々なプレッシャ―の中に、はるかはいた。稽古はだんだんと熱をおび、稽古時間も長くなっていった。
「よ~し、休憩します。20時に集合してください」
演出助手の島本が声をかけた。みな、やれやれと弁当を開けたり、外に食事に出かけた。はるかにプロデューサーの酒井が近づいてきた
「はるかちゃん。ちょっといいかな」
はるかは、来たな、と予感した。きっと切符(演劇業界ではチケットのこと)のことだろう。
「はるかちゃん、いいね、すごくいい芝居してるよ。だから、たくさんの人に君をみせたいのよ。そんで、切符のことなんだけど・・・」
やはりそうだった。はるかは、切符のことを言い出した酒井の声をうわの空で聞いていたが、酒井がいいだしたことにドキリとした。
「じつは、宮下かおりちゃんがね、うん、あのはるかちゃんの恋敵の役の。彼女がさあ、切符千枚売るから、主役をやらしてくれといいだしてさ。いや、もちろん、ことわったよ。でも、はるかちゃんまだ五十枚くらいだからさ。少し心配になってさ・・・あ、ごめん。ご飯にいくんだよね、じゃ」
酒井はそそくさと行ってしまった。

 舞台の場合は演出家が絶対的権限をもつ。プロデューサーと演出家でも演出家の方が強い発言力をもつ。プロデューサーはお金集めに奔走し、苦労が多い割には権限が小さいのだ。業界的にみればプロデューサーと演出と脚本は、同じ人物がやることが多い。テレビと異なる世界だ。はるかの『恋愛変奏曲』の舞台のようにプロデューサーと演出家が分業になっているのは、珍しかった。しかしながら、演出家の方に力の比重があるのは間違いない。はるかは、演出家がノーを言わないかぎり、役の変更はないと思っていた。しかし不安ではあった。世田谷ラビットは座席数800の小屋であり、演劇をやるには最適な小屋だろう。歌唱が入らなければ、役者もこれくらいがやりやすいはずだ。公演回数は20日間で35回。チケット総数2万8000枚。金額にしたら有に二億円を超える。運転資金だけでも、一億は必要だろう。プロデューサーの酒井の気持ちもわからないではない。しかしはるかは、その後の稽古に身がはいらなかった。
「水口、どうした、セリフわすれたか」
「あ、すみません」
「プロンプト!(出演者がセリフを忘れた場合に合図を送ること。それを役割とする舞台要員がいることが多い)」
演出家の指示が飛んだ。
すかさずプロンプターが助けを入れる。
「はい!『わたしそんな気持ちで愛せない』」
はるかは、あわててセリフを重ねた。
「わたしそんな気持ちで愛せない・・・」
「う~ん、いまいち伝わらないな。もう一回!」
演出家の声が響いた。はるかのとなりに、密かにほくそ笑む宮下かおりがいた。
 

 次の日の城東大学である。雄太は、大学のカフェテリアでのんびりコーヒーを飲んでいた。そこに、落ち込んだ様子の、はるかが声をかけた。
「ゆうた・・・」
「わわ、なんだ、はるかじゃないか、なんだよ、そのどよーんとした雰囲気は。幽霊かと思ったぞ」
「わたし、今度の舞台無理かも・・・」
「なんだよ、暗いな~。キス・シーンの次はベット・シーンか」
「そんなんじゃないよ。じつは・・・これこれで・・・」
「そうか、やはり言われたか。舞台は、テレビと違って、このことは避けてとおれんからな」
「宮下かおりって女優は、前にキャバクラで働いてたらしくて、その時のお客に切符を売りつけているらしいのよ。金持ちの太い客にまとめて売ったり」
「よくある話だな、でも、切符は無駄になる」
「どうしてよ」
「その客の買った切符は、だれもこないからさ」
「そんな・・・」
「その宮下って娘に小遣いあげたようなもんさ。芝居に対する理解なんかないのよ」
「そんな、もったいない」
「しょうがないさ、そういうことも業界あるあるだ」
「わたし、どうしよう。千枚なんて売れない」
「そのカンパニー、切符あずからしてくれんのか。まずは・・・そうだな三百枚」
「たのめばやってくれると思うよ、それくらいは」
「よし。それから、チケット・バックはあるのか」
「あるよ、20パーセントだけど」
「そうか20パーセントならまあまあだな。そのプロデューサーにすぐ連絡して切符預かってこい。出来るだけいい席を。おれが売ってやる」
「え、どうやって売るの?」
「まあ、みてろ。そのかわり、かかった費用は、20パーセントの中からもらうぞ」
「もちろん、いいよ。なんなら20パーセント全部上げるよ」
「いいか、はるか。みんな役者はそれで食ってんだ、安いこというな」
「さくらさん、そういえば二千枚売るといってた」
「そうだろう、いくら学生の卒業公演とはいえ、一枚五千円の切符だ。その中の十パーセントがさくらさんに入るんだ、計算してみろ」
「ええと・・・ひ、ひやくまんえん!すげえ」
「そんなもんだろ。安いほうだ」
「そうか、だからみんな必死に切符を売るのか」
「お前、本当にわかってなかったのか。俺みたいな小劇場の端役でも50枚は売るぞ」
「そうか・・・雄太ってすごい人だったんだね」
「まあ、とにかく切符は、役者にとって大事な商品だ」
はるかは、雄太を尊敬のまなざしで、まじまじと見つめた。

 次の日の『恋愛変奏曲』の稽古場である。プロデューサーの酒井が揉み手して、はるかのところへやってきた。
「いやあ、はるかちゃん、ありがとう、ありがとう。売ってくれるとおもったよ。あてにしていた四菱銀行も予算がないとかいいだしてさ、切符苦戦してたのよ。それで、もうすこしいけるよね」
「はい、頑張ります。主役ですから」
はるかは、宮下かおりの方をちらりと見ながらいった。
「うん、うん。期待してるよ。がんばってね~」
酒井は上機嫌で行ってしまった。
 
 最終的にはるかは、雄太の助けもあって、1200枚のチケットを売った。
これは、業界にも評判になった。『あの女優は切符を売る』こんな噂が飛び交い他の興行主もチェックを入れるようになった。このことは、はるかの大きな自身になった。そして、進路は女優になることに傾いていった。稽古の最終日の深夜に、はるかは、雄太に電話した。
「雄太、稽古おわたったよ。本当にありがとう」
「おう、そうか。本番がんばれよ。初日と千秋楽観に行くからな」
「ありがとう、待ってる。でもさ、あんなに切符どうやって売ったの」
「そのことは後で教える。それからお前のファンができるはずだから、その時には飲み会やるので、必ず来てくれよ」
「もちろん、いくいく。お客さん大事だもん」
「それじゃ、もう寝ろよ。セリフ忘れるぞ」
「うん、ありがとう。お休み」
はるかは、稽古の疲れもあって、幸福な爆睡となった。

「いやあ、さくらさん、切符ありがとうございました。さすがですね」
「わたしより、ママに言ってよ。実際はママが売ったんだから」
「いや、さすが経営者は顔が広い。あっという間に300枚、合計1000枚ですからね」
「ママも女優をめざしてたからね。周りに芝居好きな人が多いのよ。いとこの彼女が主役だからね。頑張ったんじゃない」
「さくらさん、おれたち、まだそういう関係じゃないので」
「まあ、そのうちそうなるわよ。わたしの目に狂いはないわよ」
さくらはそういって、にたっと小悪魔的に笑った。

        了

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?