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[短編ラブコメ小説] こいのうた3 雄太の彼女

登場人物
 
堀口雄太
水口はるか
柳原健二
早乙女さくら
小野寺真琴

「あれ? 雄太じゃないかな」
はるかは、10月の秋も深まりつつある、夕方の新宿歌舞伎町の雑踏に、偶然堀口雄太にそっくりの後姿をみつけた。雄太と思われる人物は、髪の長い黒いロング・ドレスの女と並んで歩いていた。
「雄太のやつ・・・彼女ができたなんて聞いてない」
はるかは、少し悔しそうに言った。
 
はるかと雄太は同じ大学の同級生であった。そして、二人とも城東大学のミュージカル研究会に属していた。二人の関係は、腐れ縁、友達以上、恋人未満・・・そんな微妙な感じであった。しかし、はるかにとって雄太は、気にしないふりをしていても、彼の行動は何か気になるのであった。
翌日、キャンパスではるかは雄太に会った。雄太は、いつものように元気に声をかけた。
「よっ はるか元気か。講義さぼってドトールいかねえか。バィト代入ったから、一番安いコーヒーおごるぞ」
「いかない。一人で行けば」
「なんだよ、朝から機嫌悪いな。失恋でもしたか」
「ッるさい。あんたみたいに講義さぼってばかりいると卒業できなくなっちゃう」
「おれは卒業しても就職はしない。役者目指すからな。いや、お前のおかげで政治学概論のレポート、ばっちりだったからな。お礼をしたいのだ」
「礼なんかいいよ、それじゃ」
「あ、おい・・・いっちまった。おれ、なんかはるかの気に入らないことしたかな」
首をかしげる雄太だった。次の日も、また次の日もはるかの不機嫌は続いた。さすがの雄太も原因がわかないはるかの不機嫌に参ってきた。
そんなある日、先輩の早乙女さくらが雄太に声をかけてきた。
「雄太君、おはよう。最近少し元気がないわね。どうしたの」
「ああ、さくらさん」
さくらは相変わらずにこやかな微笑みながら、上品な白のスカーフを首に巻きなおしている。黒のトップスに白いスカート。典型的なお嬢様スタイルだ。さくらはけしてジーンズをはかない。自分には似合わないと思っているらしい。確かに彼女の雰囲気はジーンズではなかった。彼女は城東大学のミュージカル研究会の学生看板女優だった。
「いや、なんでもないです」
「うそ、わたしの目はごまかせないわよ。はるかちゃんと喧嘩でもしたの」
「いや、喧嘩とかしたなら、わかりやすくていいんですが・・・はるかのやつ最近変なんですよ」
「ふーん、思い当たることは全くないわけ」
「ええ、全くありません」
「わかった。じゃあ、わたしが、直接はるかちゃんに聞いてあげるわ」
「いや、いいですよ。そんなこと」
「何言ってるの、困ってるくせに。あなた方は今度の卒業公演のサブ・キャストあり、大事なスタッフでもあるのよ。落ち込まれられてちゃ、こちらもこまるわ」
「はあ、それはそうですけど」
「大丈夫、わたしにまかせて」
さくらはいつものように、さっそうと言ってしまった。
 
 はるかは、講義が終わってキャンパスを歩いていると、さくらに声をかけられた。
「はるかちゃん、こんにちは。このあと予定あるの?」
「あ、さくらさん。いえ講義はもう終わりです。あとは卒業公演の準備でもしようかと」
「それは、お疲れ様。悪いわね、主役が何もしなくて」
「いえ、とんでもないです」
「じゃ あさ、カフェテリアでサンドイッチでも食べない?優秀な後輩の労をねぎらわないと」
「きゃ、うれしい。ちょうどなにか食べようと思ってたとこでした」
「そう、じゃ、行きましょう」
二人は学校のカフェテリアが好きだった。ここの軽食はなかなかいける。特にツナ・サンドは人気があった。この学園は小、中、高も学園の敷地にあって、高校生もたまに見かける。女学生は甘いものが好きだ。みなケーキ・タイムだ。
「しゃくらさん(もふ)、こんどの卒業公演の舞台、集客大変ですよ。キャパ2000の小屋です」
はるかが、サンドイッチをほおばりながら言った。
「そうねえ、がんばって切符売らないと」
「さくらさん、どれくらい売るんです?」
「そおねえ、主役は2000枚は売らないとね」
「に、にせんですか!どうやってそんなに売るんですか」
「コツがあるのよ、そういえばはるかちゃん、主役の舞台どうしてるの」
「はい、これから稽古はじまります。はじめはチケット・ノルマないって話でしたけど、だんだんプロデューサーが、切符のこと言い出して・・・」
「そんなもんよ。この世界は。スポンサーがいなきゃ、切符の売れ行きで売り上げ決まるわ。仕方ないのよ」
「でもわたし、2000枚なんてとても・・・」
「大丈夫よ、わたしも売ってあげるから。それから売るコツも教えてあげるわ」
「ほんとですか!ありがとうございます」
「そうだ、雄太君にも売らせりゃいいじゃないの」
「雄太とは最近上手くいってなくて・・・」
「あら、そうなの。なにかあったの」
「いえ、特にないんですけど・・・ただ、なんかしゃくにさわって」
「へえ、なにもなくてしゃくに障ることなんてあるのかしら。あ、わかった。それ、ジェラシーってやつね」
「ジェラシーって、わたし雄太の彼女じゃないし」
「彼女じゃなくてもジェラシーはわくものよ。それで、何があったの」
「先週のことでした。わたし、新宿の歌舞伎町に行ってたんです。そしたら雄太が髪の長い、黒いドレスの女の人と仲良く歩いていて・・・それから、なんかむしゃくしゃするようになって・・・」
「へえ、雄太君が髪の長い女とね。彼女が出来たなんて聞いてないわね。それでどんな人だったの」
「追いかけてこっそり見ただけですが、とても雰囲気のある美人でした」
さくらは笑いだした。
「それだけで彼女かどうか分かんないじゃない」
「さくらさん、笑わないでください。わたし真剣なんです」
「ごめんなさい。でも、雄太君からは何も聞いてないし」
「さくらさん、前から気になっていましたけど、なんで雄太のことそんなに知ってるんですか」
「べつに、知らないわよ。あなたと同じくらいしか。でも相談されることはあるわよ。この間のキス事件みたいに」
「そうなんですか・・・でも、どうしても雄太とさくらさん、特別の関係のように見える時があって」
「そんなことないわよ~(あぶない、あぶない。この娘も意外に感がするどいわね。雄太との関係、ばれないようにしなきゃ。*[こいのうた]参照 )とにかく、雄太君に彼女との関係きいておくわ」
「あ、さくらさん、わたしが新宿で見かけたことは言わないでくださいね。わたし、雄太にジェラシーなんかないんで」
「はいはい。わかりました」
 
「雄太君、というわけなのよ。彼女の不機嫌の原因、思いあたる?」
「いいえ、全然ありません。彼女いない歴20年です。まてよ、歌舞伎町か・・・そうかあのときか」
「なにか思い出したの」
「思い出しました。あのときは知り合いの舞台が歌舞伎町のゴールデン劇場であったので、見に行きました」
「それじゃない。彼女と行ったでしょ」
「彼女って、あいつは・・・」
「妹とか?」
「残念ながらうちは、むさい男兄弟ばかりです。でも、わかりましたよ、さくらさん。なんではるかが怒ってるのか。完全な勘違いです。勘違いの元をこんど卒業公演のミ―ティングに連れていきますよ」
 
 さて、次の日のことである。その日は夕方からミュージカル研究会の卒業公演のミーティングが行われることになっていた。主役の柳原健二がさくらに寄ってきた。挨拶しながら言った。
「やあ、さくら、お疲れ。今日はスタッフも参加するんだよな。照明のスタッフは外部から呼んだらしいな。かなり優秀な人らしい」
「雄太君が呼んだらしいね。最近の舞台、照明(ひかり)できまるくらい重要だからね」
「お、来たらしい。ほう、女の人だ」
ミーティング会場の302教室に堀口雄太と共に現れたのは、長い黒髪の不思議な雰囲気の美人であった。はるかは、なぜかうつむいてしまった。
この日の司会進行は、雄太が務めていた。
「えーそれではみなさん、ミーティングを始めます。司会は堀口雄太が務めさせていただきます。よろしくお願い致します」
雄太はそつなく進行していく。ちらりとはるかの方をみたが、はるかは目が合った瞬間そっぽをむいた。
「まず、スタッフの紹介から始めさせていただきます。音響は城東大学、ミュージカル研究会から北野信也。舞台監督も城東大学、ミュージカル研究会から岡田耕平、そして照明は外部にお願いしました。小野寺真琴さんです」
名前をよばれた彼女は、すっと立ち上がるとお辞儀をした。
「彼は・・・」
「えっ」とざわめきが起こった。
「あ、彼は、彼女ではありません。男です。現在は日比谷劇場の照明にもかかわっている、辣腕照明家です。皆さんご存じのミュージカル『ドンファン』なども手掛けておられます」
「よそものですが、よろしくお願いします」明るい快活な声が響いた。
 
 ミーティングの帰りにはるかが雄太の元へ飛んできた。
「雄太、司会お疲れ様」
「お、おう。ありがとう」
「ね、雄太。小野寺さんて素敵な人だよね」
「そうかな、おれは男には興味はないが」
「でもさ、男の人でもあんなきれいな人いるんだよね」
「ああ、彼はジュゴン・ボーイ・コンテストで準優勝だからな。でも、モデルは生活のためにやってるだけだ。照明だけでは食えんらしいからな。おれはこれから彼と飲みにいくが、お前もくるか」 
「ほんと、いくいく」
るんるん気分のはるかの後ろ姿をみながら、そっと雄太の方に親指をたてるさくらであった。

               了
 
 
 

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