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ガジェヴ ピアノ・リサイタル (All Chopin) @ 浜離宮 (2021.9.8)

 今夜は浜離宮朝日ホールで開催されたアレクサンダー・ガジェヴのピアノ・リサイタル「オール・ショパン・プログラム」に行って来た(ヘッダーは今夜ガジェヴが弾いたカワイフルコンサートピアノSK-EXで、コンサート終了後に私が撮影)。
 この1ヶ月間、海外の演奏家の来日のキャンセルや中止の連絡が相次ぐ中、ガジェヴは来日し2週間隔離生活を経て、コンサートを開催してくれた。10月3日からワルシャワで始まるショパン国際ピアノコンクール(以下「ショパコン」と略す)に向けた最終調整などもあると思うのに、来日して日本の関係者、ファンに、今の彼のショパンを聴かせてくれたことに感激している。ガジェヴ来日に際し、招聘に関わられた関係者の皆様にも感謝申し上げたい。
 以下は浜離宮朝日ホールの1階にあった案内。

 彼は1994年にスロベニアの国境に近いイタリアの町で生まれている。以下は浜離宮朝日ホールの紹介文からの引用。

 26歳のイタリア出身ピアニスト、アレクサンダー・ガジェヴは、2015年マルタ・アルゲリッチ、海老彰子、セルゲイ・ババヤン等が審査員に名を連ねた第9回浜松国際ピアノコンクールにて弱冠20歳で優勝、国内外で注目を集める存在となった。
 本年7月、オンラインで開催されたシドニー国際ピアノ・コンクールで見事優勝を飾り、また同月に開催された第18回ショパン国際ピアノ・コンクールの予備予選に出場、10月にポーランドで開催される本選へ出場することが決まっている。

 19時の開演時間となり、場内放送でガジェヴから英語でメッセージ(その後に日本語訳)が流れ、気持ちを落ち着けた状態で音楽を聴けるように、2分間、目を閉じるように促され、場内が暗くなった。ピアノの周りだけ少し明かりが灯った状態になった。2分くらいして瞼に明かりを感じて目を開けたら、ガジェヴがピアノの前に座っていた。長めの髪型も上下黒の服装もショパコン予選の時と殆ど同じ。静寂に包まれた中で、ガジェヴは1曲目を弾き始めた。以下はショパン好きの素人が自分用に書き綴った感想である。

前奏曲 嬰ハ短調 Op.45

1841年に作曲され(中略)ベートーヴェン記念碑建設のための募金の企画によせたアルバムに収められた(本日のプログラムより一部引用)

 気持ちが落ち着いたところで、ガジェヴがシゲルカワイで奏でるピアノが、静謐な夜、湖畔に打ち寄せるさざ波のように徐々に心に沁みてきた。うら悲しい響きの旋律が転調を繰り返していくところは、ショパンの愁いを表しているようだった。
 以下は2018年4月25日にSteinway & Sons Belrinで弾いた演奏(YouTubeで偶然発見)。

舟歌 嬰ヘ長調 Op.60

舟歌(バルカロール)は、ヴェネツィアのゴンドラの船頭の歌に由来するとされる(本日のプログラムより一部引用)

 前奏曲を弾き終えたガジェヴは少し間をおいてから、序奏の和音を弾き始める。まるで舟を漕ぎ始めるが如く。ガジェヴが漕ぐゴンドラの大きな揺れに身を任せて(椅子の背もたれに寄り掛かって)、ただただ聴き入った。
 聴きながら、8月23日のインタビュー記事にあった、自由になれる方法を多く示してくれる晩年の舟歌には特に心を惹かれる、と話していた言葉を思い出した。ショパンが書いた楽譜に従いながらも、ガジェヴが自由に彩りを加え、彼自身の船出を表現しているような気がした。
 シゲルカワイの音色が舟歌の抒情的な旋律によく合っていた。2曲目でガジェヴの創り出す世界にすっかり惹き込まれた。舟歌を弾き終え、初めて立ち上がって客席にお辞儀をした。

3つのマズルカ Op.56

円熟期を迎えながらも、悪化する健康状態に不安を感じていた頃である1843年の作品(本日のプログラムより一部引用)

 マズルカを弾く姿はとてもダイナミックで、鍵盤の上の指のみならず、身体全体でリズムを取っていて、踊っているようにかなり自由に弾いていた姿が印象的。ガジェヴのマズルカOp.56-2, 3は、7月13日のショパコン予選でも弾いており、何度も聴いてきた。しかし、ホール(の前方)で、シゲルカワイのピアノで聴くマズルカの生演奏は迫力がまるで違った。

ポロネーズ 第5番 嬰へ短調 Op.44

パリのサロンで知り合ったジョルジュ・サンドと恋愛関係となり、充実した創作活動を行っていた1841年の作品(本日のプログラムより一部引用)

嬰ヘ短調の大ポロネーズは、間違いなく、彼のもっとも迫力のある作品の一つである。彼はこの作品にマズルカを挿入したが、これは実に興味深い試みで、もしこのポロネーズ自体が陰鬱な不気味さをもつ幻想的なものでなかったなら、舞踏場のための気のきいた戯れにもなりそうだった。この作品は極めて独創的である。不安な夜を過ごしたあとに差し込んでくる、鈍く、冷たく、灰色の、無気力な、冬の太陽の光ーー。その光に遮られたはずの夢の続きが、このポロネーズのなかで歌い上げられた。それは、印象と物象が驚くほど支離滅裂に変幻しながら交錯する、夢の詩であった。(後略)(p.62、フランツ・リスト著、八隅裕樹訳、「フリデリック・ショパン」、彩流社、2021年)

 リストのショパンの伝記では、第2章がポロネーズで、かなりの紙面が割かれており、ポロネーズ5番について傑作だと絶賛している。私自身、ショパンのポロネーズの中で、ショパンの心の奥でうごめいている様々な感情が最も表わされているような気がして、好きなのだが、ガジェヴに是非弾いて欲しい曲の一つだった。
 ガジェヴの5番はとてもドラマティックだった。インタビューの記事(既出)にあった「音楽家は哲学者に近い」と言っていたガジェヴならではの精妙な表現に惹き込まれた。不穏な雰囲気のポロネーズに挟まれたマズルカの部分は、ショパンが苦悩から解き放たれた束の間の時間に思えた。

バラード第2番 ヘ長調 0p.38

 ガジェヴのバラード2番、「静寂」と「嵐(戦い)」のコントラストが非常にはっきりしていて、激しい16分音符の分散和音で奏でられる「戦い」の部分は緊迫感に満ちていて、「静寂」から切り替わるたびにドキドキさせられた。静寂部分の弱音は、教会の鐘の音が遠くからかすかに聞こえてくるような美しい音色だった。
 前半のプログラムはさざ波に始まり、ゴンドラで揺られ、ポーランドの民族舞踊の世界に誘われ、最後、壮大な物語調のバラードで締めくくられた。ホールで鳴り響く拍手を聴きながら、ガジェヴがショパンに寄り添って伝えたかった音楽が確かに聴衆に届いたと感じた。
 ここで15分ほどの休憩時間が取られた。

幻想ポロネーズ 変イ長調 Op.61

サンドとの関係も冷え込み、肺病も悪化していた1846年に書かれており、美しく神秘的な音楽の中に、憂いや葛藤が色濃く現れている(中略)晩年の傑作(本日のプログラムより一部引用)

 ガジェヴがインタビュー記事で心惹かれると言っていた曲の一つだが、ガジェヴの幻想ポロネーズは、相当弾き込んできた上で、今夜の彼のインスピレーションで多少のアレンジを加えているような即興的要素が見られ、これまで散々聴いてきた曲なのに、次はどう展開されていくのかワクワクするような演奏だった。

ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 Op.35「葬送」

 気迫に満ちた圧巻の演奏だった。ソナタを聴いている最中、これぞ生演奏の醍醐味と思える瞬間が何度もあった。2楽章のスケルツォはシゲルカワイのキラキラな音色を抑え気味に弾いていて、3楽章の葬送行進曲への繋ぎに相応しかった。葬送行進曲の陰鬱さと美しい中間部分、とても良かった。

アンコール:ワルツ 第5番 変イ長調 Op.42, 練習曲 Op.10-8, 即興演奏

 カーテンコールが何度か続いた後、登場して、マイクを手に取って「きょうは ありがとうございました」「みなさん、すばらしいです」と日本語で言ってくれて、再び大きな拍手が起こった。「ショパン ワルツ」と言って、5番を軽やかに弾いてくれた。
 その後も鳴りやまない拍手に応え、練習曲 Op.10-8を流麗なタッチで弾く。最後に舞台に登場した時は、椅子に座って、少し考えるしぐさをして、スクリャービン?ドビュッシー?ラヴェル?と思われるような旋律、和音を弾いていた。何の曲か気になったが、後で即興演奏だったことを知る。印象派っぽい曲調だった。

 以下は会場限定で販売されていたガジェヴのサイン入りCD

 翌日の主催者からのお知らせ(ツイッター)で、今回の演奏は全て録音されていたことを知った。将来ラジオで再び聴く機会を楽しみにしたい。

以下YouTubeで拾えた公式サイトがアップロードしていた演奏動画

【2020.9.20 パレルモでのコンサート】
今回のプログラムのバラード2番、マズルカOp.56、ポロネーズOp.44が含まれている。

【2021.7.13 ショパン国際ピアノコンクール予選】
今回のプログラムのマズルカOp.56-2, 3、バラード2番が含まれている

【ショパン国際ピアノコンクール前のインタビュー】

【10/6追記】9月のガジェヴの来日コンサートを主催下さった会社が、まるごとガジェヴ特集の雑誌のリンクを共有下さった。

まるごとガジェヴの雑誌のリンク(上記ツイートより)

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