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フランツ・リストが感銘(衝撃)を受けたショパンの作品

 本日(7月31日)はLiszt(生まれはハンガリー)の命日である。135年前の1886年、Lisztはドイツのバイロイトで74歳の生涯を閉じた。この機会にLisztが感銘(衝撃)を受けたChopinの曲について、これまで調べてきたことを備忘録として残しておきたい(ヘッダーは "ワルシャワのフリデリックショパン博物館に所蔵されたセバスチャン・エラルド社によって製造されリストが所蔵していたピアノ(1856 (no 26606))、出典:Wikimedia Commons)。
 と書いたものの、正直に告白するともう一つの願望が出てきてしまった。これらの曲は、今年の聖夜に浜離宮朝日ホールでオールショパンコンサートを開く亀井聖矢さんにぜひ弾いて頂きたくなった。というのは、亀井さんの第一印象(初めて聴いたYouTubeの「ノルマ」の回想)が現代に生きるLiszt(超絶技巧ヴィルトゥオーゾ)のため、Lisztが感銘(衝撃)を受けたエピソードが残っているショパンの曲を演奏して頂きたいと考えた次第である。
 早速、その曲を紹介していきたい(参考音源はYouTubeより過去のショパンコンクール演奏動画を貼り付けている)。

12のエチュードOp.10 (1829-32年作曲, 1833年出版)

 12のエチュードOp.10は、ショパンが19歳の頃から作曲を始めたと言われている(ショパン研究者のM.ブラウンによると、ワルシャワ時代の最後に4曲、翌年に4曲と言ったように計画的に作曲されてきた(参考文献:p.43、小坂裕子著、「新装版フレデリックショパン全仕事」、ARTES、2019年)。
 本エチュード集は1歳年下のリストに献呈されている。当時、天才ピアニストで名を馳せていたリストも初見では弾けず、数週間かけてやっと弾けるようになった逸話がある。リストとは1831年9月末にショパンがウィーンからパリに到着後、知り合っている。
 1830年にフランスで起こった7月革命を機に独立運動の機運が高まった。同年11月25日にワルシャワの士官学校で口シア人教官が2人の若い生徒をむちで打とうとしたのをきっかけに、(口シア皇帝の実質支配からの独立を目指した)反乱が始まった。ショパンは同年11月2日にワルシャワを発ち、ウィーンに滞在している時、独立戦争の勃発を知り熱狂して帰国しようとしたが、父親に音楽に生命をかけるよう手紙で説得される。翌年7月末にパリに向けて出発し、途中シュツットガルトでワルシャワ陥落の知らせを聞く。その衝撃を表現したのがエチュードOp.10-12「革命」と言われている(参考Webはこちら)。
 本エチュードについては様々なエピソードが残っているが、ここではエチュードの芸術性の高さ、ショパンが羨むほどのリストの優れた演奏技術、一部で批判されたOp.10の難易度の高さについてのエピソードに留める。

天才的なピアノの詩曲であり、音楽とピアノを学ぶためのもっとも優れた道。ショパンは謙遜して「エチュード」と呼んだが、その内容は最高に芸術的で詩的なものである」(ゲイリヒ・ネイガウス)
(引用文献:p.89、イリーナ・メジューエワ著「ショパンの名曲」、講談社現代新書、2021年)
リストがちょうどいま僕のエチュードを弾いているのだが、おかげでこの手紙に集中できない。リストの演奏の仕方を盗みたいぐらいだ(1833年6月20日付)(ショパンがピアニストのフェルディナント・ヒラーに宛てた手紙)
(引用文献:p.99、イリーナ・メジューエワ著「ショパンの名曲」、講談社現代新書、2021年)
フランスだけでなくドイツやイギリスでも出版され、批評家達に好意的に受け取られたが、一部では「外科医を傍に侍らせないで、この曲を弾くべきではない。指が歪んでしまう」などと批判されていた。
(引用Web: PTNA、ショパン物語 第015回 リスト・リベンジOp.10

 因みに第18回ショパン国際ピアノコンクール(以下「ショパンコン」と略す)では予選と本大会1次の課題曲として、Op.10からはOp.10-9以外が選曲されており、コンペティターはOp.25から選出されているエチュードも含め、予選と1次で"異なる"エチュードを2曲ずつ弾くことが求められている。
 亀井さんには近い将来、全曲通しで弾く偉業を成し遂げて頂きたいが、聖夜のコンサートでは24の前奏曲Op.28(大曲)を弾かれるとのことなので、今回は、Op.10-4(華麗な指の体操)、Op.10-11(左右同時のアルペジオが美しい「鐘」の音に聞こえる気がする)、Op.10-12「革命」(1831年にパリに向かう途中で、口シア軍によるワルシャワ制圧を知ったショパンが悲嘆と怒りで作曲したと言われている(参考文献:既出(小坂裕子著))を弾いて頂けたら光栄である。
 参考音源として、小林愛実さん(2015年の第17回ショパコンのファイナリスト)のショパコン本大会1次(2015年10月5日)のOp.10-4とシャルル・リシャール=アムラン(2015年の第17回ショパコンで2位とクリスチャン・ツィメルマン賞(ベスト・ソナタ賞)を受賞)のOp.10-12の演奏動画を貼っておく。

スケルツォ第1番Op.20ロ短調 (1835年頃作曲, 1835年出版)

 「スケルツォ」はもともと「冗談」を意味するイタリア語だが、ショパンのスケルツォは「冗談」ではなくシリアスで暗いパッションに満ち溢れている。一般的にいえば、スケルツォは複数楽章から成る交響曲やソナタの一つの楽章である。ショパンも自らのソナタ第2番と第3番でスケルツォを用いている(参考文献:p.26-27、イリーナ・メジューエワ著「ショパンの名曲」、講談社現代新書、2021年)。
 一般的にはスケルツォ第2番Op.31が最も人気のある曲と承知しているが、私は第1番を弾いて頂きたいと考えている。理由はこの曲が亀井さんが既に選曲済みの24の前奏曲の第24番ニ短調(Op.28-24)に共通するショパンの激情や怒りが聞こえてくるような作品だからだ。渦巻く感情のなかにショパンが愛してやまない故郷ポーランドを懐かしむ旋律も聞こえてくる(参考文献:p.76、小坂(2019年))。
 歌心たっぷりな中間部分はポーランドで「コレンダ(koleda)」、英語で「クリスマスキャロル」にあたるというのも、聖夜に相応しい選曲なのではないか(謎解きの題材にもなり得そうだ(謎解きの先読み、笑))。ショパンが引用しているのは、歌が得意だった母から聞いてきた「眠れ幼子イエスよ(Lulaze Jezuniu)」で、音型はマズルカのリズムから来ている(参考文献:p.77、小坂(2019年))。
 リストが気に入っていた様子はマスタークラスで弟子の前で長めに実演して見せた話から読み取れる。

冒頭はとても速く、気まぐれで野生的に弾かれ、休符は非常に効果的だった。中間部は歌心たっぷりに、実に内面的に、甘い夢のように響いた。全体にわたって、生き生きと締まったテンポを求めた。
(引用文献:p.49-50、ヴィルヘルム・イェーガー 編、内藤晃 監修・訳、阿部貴史 共訳、「師としてのリスト 弟子ゲレリヒが伝える素顔のマスタークラス」、音楽之友社、2021年)

※興味深いレファレンス事例(提供館:桐朋学園大学附属図書館)
 因みに第18回ショパンコンでは本大会1次、2次の課題曲となっている。
 参考音源として、小林愛実さん(2015年の第17回ショパコンのファイナリスト)の本大会3次(2015年10月15日)の演奏動画を貼っておく。

ポロネーズ第5番Op.44嬰ヘ短調 (1841年作曲, 1841年出版)

 ポロネーズ第5番は、ショパン自身がポロネーズというより幻想曲だとユリアン・フォンタナ(ショパンの幼少時代から晩年までの親友;ポーランドの法律家・作曲家)宛の手紙に書いている。
 リストは晩年の1863年に「Life of Chopin」(ショパンの伝記)を出版しており、第2章でこのポロネーズの素晴らしさについて紙面を割いている(私が所持するのは英語翻訳版:Franz Liszt, "Life of Chopin", translated from the French by Martha Walker Cook, 1880)。訳出を試みたが、諸々の事情でリストの絶賛ぶりが伝わりそうにないので、別文献で見つけた訳出したかった箇所を引用する。

リストはショパンの作品の中でも、このポロネーズを極めて高く評価していた。中間部のマズルカについて、「これが突然<田園風景>に移り変わる箇所の惹起する素晴らしい効果は、他のいかなる大作曲家の作品にも見出されない」「しかしこの<田園風景>は先行する深い悲しみを消し去るどころか、激しい対象によって、痛ましい情緒を増大させる」「そしてこのマズルカの持つ、素朴単純で名もない幸福感から解放されて、我々は再び宿命的な闘争への高貴な凛々しい愛に、共鳴を感じることができるのである」(リスト「ショパン その生涯と芸術」)と述べており、主部のポロネーズと対照的な、中間部のマズルカにおけるニュアンスを重要視していたことが分かる。
(引用文献:p.52の注釈82、ヴィルヘルム・イェーガー 編、内藤晃 監修・訳、阿部貴史 共訳、「師としてのリスト 弟子ゲレリヒが伝える素顔のマスタークラス」、音楽之友社、2021年)

 このようにリストがショパンの作品の中で最もエネルギッシュだと絶賛しているポロネーズ第5番を、現代の最もエネルギッシュなヴィルトゥオーゾの第一人者である亀井さんに弾いて頂きたい。この1曲でポロネーズとマズルカが味わえるのも魅力的である。
 因みに第18回ショパコンでは本大会2次の課題曲となっている(2次課題曲のポロネーズはこの他、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズOp.22、ポロネーズ第6番Op.53「英雄」、2つのポロネーズOp.26の4曲)。
 参考音源として、シモン・ネーリング(2015年の第15回ショパコンのファイナリスト及び聴衆賞を受賞;2017年ルービンシュタイン・ コンクールで優勝;今年のショパコン予備予選免除者で10月本大会より出場予定)を貼っておく。シモンはNHKのTVアニメ「ピアノの森」でレフ・シマノフスキ役のピアノの演奏を担当したことで日本でも有名である。

 今回はエチュード、スケルツォ、ポロネーズしか上げられなかったが、近日中に時間の許す範囲でノクターンとマズルカについても触れたい。

【参考文献一覧(Web以外)】
イリーナ・メジューエワ著、「ショパンの名曲」、講談社現代新書、2021年
ヴィルヘルム・イェーガー 編、内藤晃 監修・訳、阿部貴史 共訳、「師としてのリスト 弟子ゲレリヒが伝える素顔のマスタークラス」、音楽之友社、2021年
小坂裕子著、「新装版フリデリックショパン 全仕事」、ARTES、2019年

(終わり)

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