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Hayato Sumino - Chopin Piano Concerto no.1 @城陽の感想 (2021.8.22)

 今日の午後、文化パルク城陽プラムホールに関西フィルハーモニー管弦楽団(以下「関フィル」と略す)第11回城陽定期演奏会に行ってきた。藤岡幸夫マエストロの下、プログラムは、ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調Op.11(ピアノ:角野隼斗さん)とチャイコフスキーの交響曲第4番へ短調Op.36の2曲。ここでは前者に絞って自分用に感想を残したい。ヘッダーはピアノ協奏曲第1番のタイトルページ、Wikimedia Commonsより引用)。
 感想の前に文献を参考にしつつ曲の背景を簡単に触れる。

 ピアノ協奏曲第1番は、第2番とともに、ショパンが音楽学校を卒業し、音楽家として世の中に出ていく19歳から20歳にかけて作曲されている。17、18歳の時にオーケストラを伴う作品を3つ手掛けているが、それらのオケの規模はそれほど大きくない。
 第1番の作曲の経緯は、1830年5月15日に、親友のティトゥスへの手紙に書いている。第2楽章について、ショパンにしては珍しく曲想を言葉で語っている(手紙の内容は、以下別文献の引用を参照)。
 1830年10月11日、ショパンがポーランドからウィーンへ旅立つ前に告別演奏会がワルシャワ国立劇場で開催され、第1番が初演された。ピアノはショパン自身が弾き、満員の客席は感動で拍手が鳴りやまなかった。
 ショパンのピアノ協奏曲はオケのパートが物足りないと批判されることもあるが、オケの楽器に精通していなかったからではなく、時代がソリストが華々しく演奏する曲がもてはやされていたからと解釈すれば納得できる。ピアノが主役とすると、オケは伴奏の役目を担っていたことになる。
(参考文献:p.50、小坂裕子著、「新装版フリデリックショパン 全仕事」、ARTES、2019年)
26 ティトゥス・ウォイチェホフスキーに 1830年5月15日より一部抜粋
 最初のアレグロ(第1楽章)ができているので残りの部分の心配はしていない。
 ロンド(第3楽章)がまだ完成していない
 アダージョ(第2楽章)はホ長調だ。賑やかなものでなく、ロマンス風な静かな哀愁、様々の懐かしい思い出が心に浮かんでくるある場所を、心をこめてじっと眺めているような印象を与えなくてはならない。美しい春の夜の、月光の下でのもの想いのようなもの、これが伴奏にも弱音器をかけさせた理由だ。弱音器はヴァイオリンの弦の上にとめる櫛のようなもので、一種の鼻にかかった銀のような音色になる。
(引用文献:フリデリック・ショパン著、原田光子訳、「ショパンの手紙 - 天才ショパンの心」、古典教養文庫、2018年9月)

 ホールに到着すると、藤岡マエストロによるプレトーク開始の放送が流れたので、自席に急いだ。13時40分過ぎ、藤岡マエストロがマイクを持って舞台に登場。以下のような話をされた(記憶に残っている範囲)。

 まずショパンピアノ協奏曲。角野君とは桐生以来の共演だけど素晴らしいピアニスト。タッチがきれい。(金曜、土曜と)練習していく内にショパンが乗り移っていた。もうショパンにしか見えなくなってきて。角野君にはショパンが合っている。この曲は20歳のショパンが作曲した瑞々しい曲。和声がきれい。楽しみにしてて下さい。
 次はチャイコフスキー交響曲第4番。皆さん、この前に帰らないで下さいね(会場から笑い)。この曲を作曲する最中、チャイコフスキーは自殺未遂を図るほど悩んでいた。彼は同性愛者だった。第1楽章は戦い、第2楽章は人生に疲れて悲しみに浸りつつ楽しかったことを思い出している、第3楽章はほろ酔い気分、弦楽器のピツィカートで始まり、兵隊の姿を表現している。第4楽章は、自分は辛い、周りは明るい、どうにか自分を奮い立たせている音楽。チャイコフスキーの長調は切ない。こんなことを想像しながら聴いて頂きたい。

 前置きが長くなったが、以下はショパン好き素人が感じた感想である。私は前方の左ブロックの前から4列目だった。斜め前の席が2席、空席だったため、鍵盤、角野さんの背中と横顔(少し)が見える素晴らしい席だった。

第1楽章 アレグロ・マエストーソ ホ短調 4分の3拍子

 冒頭、オーケストラが美しい旋律の第1主題、哀愁漂う第2主題を奏し、2つの主題が様々な形で奏される。とても美しいハーモニーが約4分位続くが、この間、角野さんはオケの音を全身で感じながら、ピアノの出番を待つ。弾いていないのに角野さんの背中をじっと見つめながら、私もピアノの独奏の始まりを楽しみに待つ。
 藤岡マエストロの誘導(角野さんに合図を送る眼差しがとても暖かい)によって、角野さんの独奏が始まる。冒頭の一音目から歌うようにピアノを弾いている姿から、角野さんが最初から楽しんでいることが伝わってきた。金曜、土曜とオケと練習できたことで、信頼関係も生まれ、自信を持って本番を迎えられたんだと感じた。
 角野さんによって、オケで奏された2つの主題が装飾されて奏でられ、華麗に展開されていく。鍵盤を軽やかに舞う指、繊細な音運び、美し過ぎる音色(特にコントロールされた弱音)にどんどん惹き込まれていく。高音域で奏でられる音色はクリアで煌びやか。
 角野さんの繊細で上品なタッチで奏でられる音色は、オケと対話しながら美しいハーモニーとなって、ホール全体に響く。この響きを耳だけではなく全身で感じられることが幸せ。
 中間の展開部では、角野さんのピアノをバックに、オケが冒頭に出てきたパッセージを反復して奏でるのだが、ここが「バッハ」っぽくもあり、教会音楽のように聞こえてくる。
 後半、オケが冒頭の主題を奏し、ピアノが2つの主題を弾いていくが、ここは角野さんがオケをリードしているような感じで弾き進めていってて、マエストロとオケに安心して身を委ねて、角野さんが曲に没頭している印象を持った。角野さんにはショパンの演奏がとても似合う。

第2楽章 ロマンス ラルゲット ホ長調 4分の4拍子 

 弦楽器の序奏、それを次いでホルンが登場し、それらが鳴り響く中、角野さんがノクターン風の第1主題を弾き始める。2楽章はショパンが親友のティトゥスに曲想を言葉で伝えていた(前述)ので、それをイメージしながら聴き入る。2楽章は藤岡マエストロの導きで、角野さんがノクターン風の旋律を弾き始めてからは、オケがそれを静かに支えている(伴奏に徹している)。角野さんが繊細なタッチで奏でる音色が、ショパンが親友宛ての手紙で書いていたように、美しい月夜の下で懐かしく思い出す数々の場所を、心を込めてじっと眺めているような印象を与えてくれていると感じた。ノクターン調の2楽章、永遠に続いて欲しい、このまま美しい月光の下で物思いに耽っていたいと思わせる演奏だった。繊細なタッチと美しい余韻を感じる弱音は、ノクターン第13番Op.48-1を弾く角野さんと重なる。ホールを包んでくれた美しい音色は、私がイメージするショパンだった。途中のファゴットとの掛け合いは夜明けに鳴き始めた鳥との対話みたいで味わい深かった。
 最後、弦楽器が第1主題を奏しながら、角野さんが半音階とアルペジオで盛り上げていく箇所も煌びやかで、角野さんの美しい弱音が詰まった宝石箱を見せて貰っているようだった。

第3楽章 ロンド ヴィバーチェ ホ長調 4分の2拍子

 弦楽器がユニゾンで勢いよく鳴り響いた後、角野さんが躍動的なロンドの主題を奏でる。角野さんの入り方(飛び出し方)が絶妙。3楽章では「クラコヴィアク」というポーランドのある地方の民族舞曲の要素が用いられているらしい。舞曲らしいテンポ感で、角野さん自身、オケとの対話、掛け合いを楽しんで弾いているのが伝わってきて、こちらも身体がリズムに乗ってくる。
 第2主題のユニゾンの旋律の主題はこの楽章の民族舞踊的な雰囲気を高めている。ピアノはロンド主題も繰り返しながら、それが自由な感じで展開されていくが、角野さんが得意な即興的な要素も感じられるパッセージが多く、ご本人も上半身、左足でリズムを取っているような雰囲気がした(私の席から左足の動きが見えなかったが・・)ホール全体にオケとピアノの音が飛び交って観客席も高揚感に溢れている。
 最後のコーダに突入してからは、目まぐるしい和音が奏でられて、オケとピアノが華やかな形で奏でられていく。こちらの角野さんのアルペジオは指の動きも音色も、穏やかな海のさざなみのようだ。細かい音の連なりの中にちゃんと旋律が聞こえてくる。
 全体的には舞踏会を見ているようなにぎやかな楽章だが、哀愁に満ちた第1楽章と違い、若いショパンがワルシャワを後に楽都ウィーンに旅立つにあたり、ワクワクした気持ちが曲想に表れていて、そんな若きショパンに、お兄さんの角野さんが寄り添っている感じがした。時折静寂に包まれるパートもあり、若いショパンが悩む姿も垣間見える人生の絵巻みたいにも感じた。

トークとアンコール

 演奏後は大きな拍手が起こった。私は余韻に浸りながら夢中で拍手を送った。角野さんは藤岡マエストロとコンサートマスターと握手代わりに肘タッチをして、その後、客席を満遍なく見渡した後、深々とお辞儀をする。その後カーテンコールが止まず、藤岡マエストロと角野さんがマイクを持って出てきた。
 マエストロが「角野君に何もさせずに帰したら、皆さん怒るでしょう?」会場はマエストロの粋な計らいに歓喜に満ちた拍手を送る。「(角野さんに)また関フィルと共演してね。何やりたい?」「じゃあ、(ショパンピアノ協奏曲の)2番やりますか」と。角野さんもノリノリに答える。
 次はマエストロにフリートークを振られ、笑みを浮かべながらも少々困惑した表情を見せる角野さん。紀尾井ホールの時みたいに、話すことないんですけど・・とは言わず(笑)、「今日はとても楽しかったです。関西で演奏会をするのは久しぶりで、多くの皆さまにいらして頂き、嬉しいです。」と挨拶。マエストロから(アンコールを)促されて、「アンコールに子犬のワルツをちょっとアレンジして弾きます」と。
 ショパンの子犬のワルツは、冒頭から、かてぃんさんお得意のJazzyなアレンジが大胆に加えられ、かてぃんさんの自由過ぎるコードが次々投入され、転調が繰り返され、途中、子犬がどこかに隠れてしまったが、最後戻って来て壮大に終わった。全然ちょっとじゃなく、壮大なジャズアレンジだった。
 この華麗な即興演奏に盛大な拍手が送られた。何度かカーテンコールが続いた。マエストロが腕時計を指さして(時間が厳しいと合図されて)角野さんはやっと舞台袖に姿を消した。
 ずっと聴きたかった角野さんのショパンのピアノ協奏曲第1番。角野さんを高く評価されている藤岡マエストロと関フィルの皆さんと充分にリハを重ね、信頼関係を築かれ、万全の状態で臨まれた角野さんの演奏、マエストロが言った通り、ショパンが乗り移っていたように見えた。悲願の角野ショパン協奏曲をやっと聴くことができ、感無量。


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