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分からないものを分からないままで楽しんで_「イギ 千種創一詩集」

書いている紙の紙自体がちょっと変わっていて、
小学校で配られていたわら半紙のような手触りの紙を、
二つに折り曲げて作ったような。

この紙の感触が楽しくて、
中身もよく見ずに図書館から借りてきた一冊だったのですが、
どうやら短歌をつくる方のよう。

その方の第一詩集。
不思議な詩で、
異国というのか、
エキゾチックというのか、
そういう砂漠とか紛争地帯とかの空気を感じる世界観の中で、
日常を織っていこうとするような詩、
なのだと思いながら読んでいましたが、
ふと日本を感じる言葉や情景がでてきて、
わぁ不思議、と思いながら貪るように読み終わりました。

詩を書いている人は小説を書いて見たくなり、
小説を書いている人は詩や俳句を書いて見たくなり、
短歌を書いている人はもう少し言葉を選ろうと詩を書いて見たくなるのかしら。
いつもと違う言葉の数を書こうとするとき、
それは良く見知ったものとどこか違う感覚を抱かせる言葉の並びを作るように思う。
だから私はこういう、
ちょっと違うかもしれませんが、
異種族交流のような読み物を見ると読みたくなります。

この詩集を読みながら、
ふと自分の詩を読むときの癖というのか、
読み方を考えていました。

私はどうやら詩を読むときに意味をあまり考えていないのだな、と。
意味よりも、
その言葉が投げ込まれたことによって、
どんなものが浮かんでくるのかを注視しているようなのです。
そうして自分の詩ができれば楽しいし、
新しい言葉の組み合わせ方を知って試してみたくなったり、
読みながら自分の書くことに連なっているような、
ページを捲りながら指先にはペンがくっついている感じです。

だから自分の詩もあまり考えて書いていなかったのかもしれない。

分かってもらいたい、
というよりも、
投げ込んだ言葉によって、
その人の中に立った波の形を感じてほしい。
そんなことを考えていたのかもしれません。

へぇー。

なんだか自分のことが少し形を持って分かった気がしました。
読書の好きなところのひとつ。
それが自分の魂の形をしることなんだと思います。

この作者さんの、
今度は短歌を読んでみたいと思っています。

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