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とある家族の末路

『本日未明、数日前から行方不明になっていた滝沢美留久さん(18歳)が、遺体となって発見されました。美留久さんの遺体が見つかったのは、町の郊外にある林の中で、警察は事件事故の両面から捜査を始めています。美留久さんは先週、高校を卒業したばかりで……』

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滝沢美留久さんが亡くなって半年。
事件は一向に解明の糸口が見えない。
一刻も早い真相究明を求めるご家族は、我々に協力を求めた。
これはそのインタビューの記録である。

【滝沢美留久さんのご両親、滝沢英樹さん(30)と滝沢晴子さん(39)のインタビュー】

英樹・今日は、よろしくお願いします

晴子・よろしくお願いします

英樹・美留久の死の真相は、まだ何もわかってないです。事件なのか事故すらもわからず、私達家族は苦しい毎日を過ごしています。あの日、美留久に何があったのか、我々は知りたいのです。

晴子・英樹は美留久の生存を誰よりも信じていました。私と心愛が心折れそうになっても、きっと生きていると励ましてくれましたし、今回のマスコミへの訴えも彼の発案でした。

英樹・すでにお気づきかと思いますが、私は美留久の実の父親ではありません。美留久は晴子の連れ子で、五年前に家族になったんです。けれど、私は彼女を心から愛し大切にしています。だからこそ、彼女が帰ってこない日は心配でなりませんでしたし、きっと帰ってくると信じていました。

晴子・あの子が発見された時も英樹のむせび泣き、私と心愛は抱きしめあって泣くことしかできませんでした。あの日以来、私達の家から笑い声が消えました。どうしてこんなことになったのか…

英樹・美留久は本当にいい子でした。私が新しい父親として会った時も笑顔で受け入れてくれたし、本当の父親のように慕ってくれたんです。晴子は介護職で夜勤や休日出勤もあり、家のことは美留久が一生懸命にやってくれていました。あの子はいつでも、家族のために一生懸命で、私も美留久が作ったシチューが大好きで良いお嫁さんになれるねと話してました。

晴子・本当に、あの子は優しい子で、私の自慢の娘だったんです。来月からは隣の県にある大学へ通うので引っ越す予定だったでした。

英樹・あの子の未来が奪われ、笑顔がもう見れないかと思うと、私は悔しくてたまりません。美留久がいなくなった日は私は仕事で遅くなり、晴子も帰りが遅くなったそうで、下の子の心愛も祖父母のところへ泊まりに行っていたんです。こんなことになるなら、無理にでも休めばよかったと後悔しています…

晴子・どうか一刻も早く真相を解明していただきたいです。

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【滝沢美留久さんの妹、滝沢心愛さん(16)のインタビュー】

…あ、もう喋っていんですか?
えっと、よろしくお願いします。
お姉ちゃんがいなくなって、もう半年たったんですね…まだ、ちょっと実感がないです。
どこか遠くで元気に暮らしているような気がして…
お母さんたちはお姉ちゃんがいなくなってから毎日探しにでかけてて、私もきっと帰ってくると信じてたんですけどね…
あれから、母たちの関係も悪くなって、喧嘩することも多くなって、家が居心地悪くなるばかりで…
今はおじいちゃんたちのところにいることが多いですね。
はい、あの日もおじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まりに行ってました。
隣町に暮らしているんですけど、よく遊びに行ってたんです。
週の半分はあの家で過ごしてました。
二人共、いつも笑顔で私を迎えてくれるからつい甘えてしまって…
え?理由ですか?…あの人、父が五年前に母と再婚したのはご存知ですよね?
私はどうしても馴染めなくて…いえ、実際になにかされたわけじゃないんですけど、やっぱり一緒にいるのはちょっと抵抗があって…
ああでも、お姉ちゃんはあの人と仲が良かったですね。
いつも楽しげにおしゃべりしてて、私が泊まりに行く時もお姉ちゃんは家の仕事があるからって行きませんでした。
いろいろと相談にのってもらってたみたいで、引越し先だって、あの人といくつも内見しに行ってましたし。
姉の様子に変わったところはなかった?いえ、特には…
本当に、ただただ、すごく幸せそうでした。
まるで、好きな相手と結ばれて、一緒に暮らすみたいに…もしかしたら、私が知らなかっただけで恋人がいたのかもしれません。

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こちらのインタビュー内容が公にされることはなかった。
このインタビューがされた翌日、車に乗った滝沢夫妻が崖から落ちて死亡したからだ。
美留久さんのお墓参りに向かう途中で、警察は当初事故とみていた。
しかし、英樹さんの体から睡眠薬の成分が発見され、晴子さんの無理心中の可能性が出てきた。
真相は不明。
心愛さんは祖父母のところで暮らすこととなり、事件は世間から忘れされていった…


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