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【映画レビュー】海の夜明けから真昼まで

2023年8月4日公開の映画「海の夜明けから真昼まで」を見てきました。私なりの解釈や感想を書いていきますね。舞台挨拶の様子も写真付きで紹介しますので、ぜひ最後まで読んでいただけたらと思います!


1.主要キャスト・あらすじ

監督・脚本:林隆行
原作:うめざわしゅん(短編集「一匹と九十九匹と 1」より「第1話 海の夜明けから真昼まで」)

【キャスト】
ある男:吉村界人
工藤麻衣:羽音
氏家隆史:上村侑

【あらすじ】
港町・勝浦で、「ある男」が49日間女子高生を監禁するという事件を起こす。被害者の工藤麻衣は、久しぶりに登校するが、浮いている。
麻衣に積極的に話しかけてくるのは、問題児の同級生、氏家隆史だけ。氏家は、彼のせいで活動できなくなった野球部員たちや、授業妨害に苛立つクラスメイトたちから疎まれていた。
ある男、麻衣、氏家……居場所のない3人の、もどかしい日々と、少しの救いの物語。

2.映画を読み解く

①冒頭の言葉が示すこの作品のテーマ

映画の冒頭、そして原作漫画でも冒頭に出てくるのが、新約聖書のルカの福音書からの引用です。

なんぢらの中たれか百匹の羊を有たんに、若その一匹を失はば、九十九匹を野におき、往きて失せたる者を見出すまでは尋ねざらんや。

ルカ福音書 第十五章四節

口語訳では「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか」となります。原作漫画のタイトル「一匹と九十九匹と」はまさにここに示される、羊を指しているわけです。

この言葉が示すのは、作品のテーマでもある「ゆるし」です。イエスは取税人や罪人といった疎まれる人たちと一緒に食事をとることをとがめられた際に、このたとえ話を用いて反論します。

「一匹の羊」は罪人を指し、探し出そうとする羊飼いとは神のことです。神は道を外れる者、少数である者を見捨てることなく探し出して救うというこのたとえ話が冒頭にあることで、作中の居場所のない登場人物たちにもまた、救いはあるのだ、という作品のメッセージが読み取れます。

②27歳の誕生日が来たことの意味

麻衣を監禁する「ある男」は、27歳の誕生日を迎え、麻衣を開放しようとします。この誕生日を告げるシーンは原作漫画にはありません。「27歳の誕生日」には、何の意味があるのでしょうか。

これは明確に「27クラブ」を意識していることを、舞台挨拶で監督が話しておられました。「27クラブ」というのは、27歳で早逝してしまったアーティストたちのことです。ブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソンなどが死亡したことで、「27歳」は天才たちが他界することの多い年齢とされました。

「ある男」がNirvanaのTシャツを着ているシーンがありますが、これも27クラブの一員であるカート・コバーンを連想させるものです。また彼の部屋からも、「ある男」がこの年齢を特別にとらえていることがわかります。「ある男」が27歳の誕生日を告げるシーンというのは、つまり、これで僕は死ぬ、ということを告げるようなシーンなのです。

③「大人とは、裏切られた青年の姿である」は誰の言葉?

問題児の氏家が授業妨害をするシーンも、原作漫画にはないシーンです。氏家がただの荒くれものではなく、皮肉屋で少し哲学的な思想があることがうかがえます。原作漫画ではクラスメートから嫌われていることがセリフの中でしか出てきませんが、映画ではこのシーンがあることで、彼が厭われる理由が明確に描かれています。

この授業妨害のシーンで氏家は、「『大人とは、裏切られた青年の姿である』って何かに書いてあったんですけど、どういう意味ですか?」と言います。ちなみに数学の授業中なので、本当にただの妨害です(笑)

先生は無視して授業を進めますが、この「大人とは、裏切られた青年の姿である」というのが何の言葉なのか気になった人もいるのではないでしょうか。

これは太宰治「津軽」の中に出てくる言葉です。ネットでも読めるので、気になる人は読んでみてください。余談ですが、太宰作品の根底にある暗さと、この映画の持つ暗さはどこか近い気がします。この映画が好きな人には太宰作品を読むことをおすすめしますし、太宰作品が好きな人にはこの映画がきっと刺さると思います。

3.原作漫画との違い

この映画は、うめざわしゅんさんの短編集「一匹と九十九匹と 1」より「第1話 海の夜明けから真昼まで」を実写化したものです。うめざわしゅんさんて誰?という方も、「ダーウィン事変」の作家さんだよ、と言えばわかるかもしれませんね。

監督が原作に惚れ込み、自主制作でいいからと作ったというのですから相当の作品愛とリスペクトが込められています。そのうえで、実写化にあたって監督が加えたであろうシーンを見ていきたいと思います。

①「ある男」の人物像

一番異なるのは、「ある男」への解像度の高さです。原作漫画ではあくまで麻衣の行動のきっかけとして描かれ、あまり詳細な人物像は出てきません。漫画では「啓示を与える存在」のようにも描かれていて、彼の苦しみや生きにくさというものは詳細には描かれないのです。

一方、映画の中の「ある男」は、夢破れた人であることが明確に示されます。そして、死への思いが見て取れるシーンや、彼の思想を口にするシーンなどから、彼の生きにくさがとても人間的に描かれます。前述した「27クラブ」なども原作にはない要素です。

原作漫画では、あくまで工藤麻衣が主人公で、「ある男」はそこに影響を与えたキーパーソン、という立ち位置でしたが、映画の中では「ある男」もまた主人公です。

面白い違いだと思ったのは、麻衣との最後の会話のシーンです。漫画では、麻衣が目を覚ますと窓際に「ある男」が立っていて、最後の会話をします。それが映画では、寝ている麻衣に「ある男」が呼びかけ、麻衣が目を覚ますのです。漫画の「ある男」が麻衣の受け皿のような役目を担っていたのに対して、映画の「ある男」は、麻衣に呼びかけ、麻衣を目覚めさせるような存在、という違いが出ているように思いました。

②氏家の授業妨害シーン

先ほど書いたように、氏家の授業妨害のシーンも原作にはないシーンです。クラスの中で浮いている姿と、先生とのやり取りが印象的です。先生は氏家に帰れと言い、氏家が「津軽」を引用して邪魔をし始めると、それを完全に無視して授業を進めます。クラスメートもそれを冷ややかに見ています。

冒頭の聖書の引用にあるような「一匹」と「九十九匹」の対比が明確に示されるシーンです。漫画には一切なく、映画化にあたって加えられたシーンなのですが、とても象徴的ですし、このシーンの氏家役・上村さんの演技がとてもいいのでぜひ見てもらいたいです。

③ラストシーン

映画と漫画で、ストーリーの大筋は変わらないのですが、映画では最後にあるシーンが挿入されます。これがかなり大問題で、人によっては漫画と映画で内容が180度違うものになるかもしれません。

詳細は伏せますが、私はこのシーンが大好きでした。賛否があるかもしれませんが、これがあることが、映画版のテーマをより明確にしたと思っています。

映画を見たけれど原作はまだ、という人は是非読んでみてください。私も映画をきっかけに読んでみました。Amazonプライムの会員だと、無料で読める「Prime Reading」の対象になっています。※今日時点での話です。購入の際はサイトにてご確認ください。

4.全体の感想

①役者さんの演技がいい

舞台挨拶では、かなり念入りなリハーサルを行ったと言っていましたが、そのためか、どの役者さんも素晴らしい演技でした。特に氏家役の上村さんは、目力がすごくて、いつもイラついていて、何かを煽って、自分の感情をぶつけて……とやっていくしかない、生きにくい若者の姿を体中で表現されていました。

私が映画を知ったきっかけは吉村界人さんでした。吉村さんというと、昔ならば氏家役をやっていたかも、というような尖った役の多い方なイメージでしたから、今回の「ある男」のような、静かで神経質な役は少し意外でした。でも、静かなたたずまいと、どこか死を匂わす危うさは、独特の空気感を持った吉村さんでなければ出せなかったように思います。

そして、主役ともいえる麻衣を演じた羽音さん。長編映画への出演は初とのことですが、自然な演技でした。思わず目が追ってしまう透明感のある役者さんです。本作を見て、ファンになった人も多いのではないでしょうか。

②絵が(画が)キレイ

これは景色がキレイという話ではありません。うらぶれた田舎の港町が舞台なので、ハッとするようなキレイな景色はなくて、むしろそこがこの作品の味です。そうではなくて、ワンシーンワンシーンの構図が本当に美しいのです。

監督のセンスなのだと思いますが、とにかく「どう切り取るか」が抜群で、絵コンテを売っていたら買いたいくらいでした。この位置に人間を置いて、ここから歩かせるのか……ここでこの影を見せるのか……ここで対比を出すのか……など、どう切り取るのか、どんな絵を見せているかに注目して見ても、楽しめる映画だと思います。

5.【おまけ】8/5、8/12の舞台挨拶風景

私が見に行った8/5と8/12には舞台挨拶がありました。それぞれ、監督と役者さんたちが話してくれたことと、撮らせてもらった写真を紹介します。

8/5は監督と吉村界人さん、そして野球部役の皆さんでした。野球部の皆さんは前日から「役になりきって過ごす」などして役作りをされたとのことです。

三浦獠太さんのマイクが異常にボリュームが高くて、それがツボに入った最前列のお客さんが大爆笑して、それを見て吉村さんも笑いをこらえられなくて……という面白い場面もありました。

ずっとピースをしてくれる若者たち……

8月12日の舞台挨拶では、出演はしていないものの、監督と縁があったり、吉村さんとも先日共演されたということで、俳優の井之脇海さんがゲスト登壇されました。

役者目線から、「漫画が原作なのもあって、セリフがあまり口語的ではないけれど、それは大変ではなかった?」という質問を吉村さんに投げかけておられました。吉村さんもやはりそこはすごく大変だった、とのこと。井之脇さんが「言葉が詩のような映画だと思った」と表現されていたのも素敵でした。

吉村さんと井之脇さんはご自宅が近いとのこと。よく見かけるのかと聞かれた井之脇さんが、「(吉村さんは)見た目がヤカラみたいなんですぐ見つけるんですけど、話しかけはしない……」と言っていたのが面白かったです。

6.映画の上映館

映画「海の夜明けから真昼まで」は8/17までアップリンク吉祥寺で公開中です。また、関西の方は9/9からシアターセブンにて公開が決まったとのことなので、ぜひ見てみてくださいね!

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