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資本主義社会が生きづらい理由

今日は、「資本主義社会が生きづらい理由」をお話させていただきます。
資本主義社会が生きづらい理由は3つあります。
1つ目が「唯物論」であること。
2つ目が「新商品信仰」であること。
3つ目が、「弁証法」を繰り返すこ」。
まず唯物論であるということは、物質的に満たされればよいという考え方です。
これは心の問題、幸せになる思想はないと言う発想です。
人を幸福にするには、心のあり方、人とのつながりが大切です。
しかし、唯物論は、物質的に満たされれば心も自然と満たされるという思想をします。
ここに、論理の飛躍があり、資本主義社会がしんどい、生きづらい大きな理由があります。
2つ目が、新商品信仰であること。
これは新しく生まれる物は古くから存在するものよりも必ず良くなっていく。
物の豊かさの信仰になります。
心の豊かさを信仰する社会ではないと言うことです。
そして3つ目が、弁証法を繰り返すことです。
弁証法は、テーゼとアンチテーゼと呼ばれる対立から結論を統合していく。
これは、絶対的勝者が決定するまで闘争が続き、敗北者を生み出す思考法です。
この唯物論、新商品信仰、弁証法を繰り返す資本主義社会であることから、
人を幸福にする心のあり方をおざなりにし、
人とのつながりを希薄にしています。
これが、資本主義社会で人間が生きづらい根本的な理由となります。
それでは、より、人が生きやすい社会とはどのようなものでしょうか?
これは、そこに生きる一人ひとりの心の問題を重視した社会です。
この考え方には、仏教思想の哲学を私は推奨します。
要するに、コミュニティ社会、社会資本のつながりを目的とすることです。
コミュニティ社会を作り上げることが根本的な解決策になると考えております。
この、資本主義社会ではないコミュニティ社会とは、何を目指す社会でしょうか?
それは、個人にとっての成長を思う存分楽しむ、
愛と信頼を思う存分楽しむ、
コミュニティへ主観的に貢献する。
これらの活動により、社会資本の人とのつながりを増やす社会。
このような社会を形成することで、生きやすい社会を作ることができると考えております。
本日は、「資本主義社会が生きづらい理由」と
その解決策として、
「コミュニティ社会の提案」をさせていただきました。
本日は最後まで拝読いただきまして、ありがとうございました。
それではまた明日さようなら。