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奴隷解放と農奴解放:リンカーンとアレクサンドル2世

 リンカーンとアレクサンドル2世の功罪を考える奴隷制度や農奴制度の解放は、歴史上の重要な出来事であり、その影響は社会や人々の生活に深く刻まれました。ほぼ同じ時期、1860年台前半に行われた二つの改革は、両国が二十世紀に超大国として世界の二台陣営となるまでに成長する出発点の一つとなりました。ここでは、アメリカのリンカーン大統領による奴隷解放と、ロシアのアレクサンドル2世による農奴解放を比較してみましょう。

 リンカーン大統領による奴隷解放宣言は、1863年に出され、アメリカ南部における奴隷制度の廃止を宣言し、解放された奴隷たちに自由をもたらしました。

 しかし、解放された奴隷たちは土地や財産を与えられなかったので、経済的な不平等や差別に直面し、自立を図ることが困難でした。奴隷制度が終わったことは、人道的な進歩として評価されるべきですが、その後の社会的な課題や格差の存在は、解放の完全な成果とは言い難いでしょう。

 アレクサンドル2世による農奴解放は、1861年に発令されました。この解放は、ロシア帝国における農奴制度の終焉を意味しました。農奴たちは解放され、土地の所有権を得ることが許されました。ただし、土地は農民が「買い取った」ものとされたので、土地はいったん「ミール」という農村共同体に引き渡され、農民が30年から40年ほどかけて返済するまで自分のものにはなりませんでした。土地は手に入れたけど、完全に所有権を得るには、30年から40年ほどかけて代金を返済しなればならなかったのです。何だか、現在の住宅ローンみたいですね(笑)。

 この政策は、社会的・経済的な変革をもたらし、農民たちは自由な労働者としての地位を手に入れることができました。アレクサンドル2世の政策は、封建制度の崩壊と国家の近代化を推進する一環として評価されています。

 農奴解放も完璧な成功を収めたわけではありません。農奴たちは解放後に困難な時期を経験し、土地や資産を十分に確保することができなかった場合もありました。また、解放によって農業労働者としての自由を手に入れたものの、社会的な差別や貧困との戦いは続きました。

 両者が行った解放政策には人道的な普遍的価値があります。奴隷や農奴の苦難を解放し、彼らに自由を与えたことは、個人の尊厳と人権を尊重する上で重要な一歩でした。両者は、社会の不平等と抑圧を解消し、人々の生活を向上させることを目指していました。

 しかし、その後の実際の社会的な結果を見ると、両者の解放政策には限界や課題も存在します。

 リンカーンの奴隷解放宣言は、解放された奴隷たちに直接的な経済的援助や土地の提供を行わなかったため、彼らが社会的に経済的に独立することが困難でした。また、解放後のアメリカ南部ではジム・クロウ法による人種差別や社会的な制約が強まり、奴隷解放の成果を十分に享受できない状況が続きました。

 アレクサンドル2世の農奴解放は、農奴たちに土地の所有権を与え、自由な労働者としての地位を確立しました。これにより、ロシア社会の近代化と経済の発展が促進されました。しかしながら、農奴たちは解放後に土地や資源の不足、社会的な差別、貧困との戦いに直面しました。土地を手に入れることができない者や経済的な基盤を築けない者も多く、農奴制度の解放が完全な成功を収めたわけではありませんでした。土地を安く手放さななければならなくなった者も多く、彼らが小作人に転落する一方、安く売りに出された土地を買い集めた一部の農民は富農(クラーク)となっていきました。こうして生まれた貧富の差は、1917年のロシア革命の前提となりました。

 奴隷解放や農奴解放は人道的な進歩であり、抑圧された人々に自由と希望をもたらしましたが、解放の直後から続く社会的な課題や経済的な困難は、その効果を制限しました。解放された者たちは不平等や差別に直面し、自由と平等を享受するまでには長い闘いが続いたのです。

 後知恵になってしまいますが、奴隷や農奴を解放するだけでは、彼らが真の自由と平等を享受できる社会を築くことはできませんでした。解放された者たちには、教育の機会や職業訓練の提供、経済的な支援、平等な法的保護など、包括的な社会的な取り組みが必要でした。さらに、差別や偏見に立ち向かうための社会的な変革や意識改革も重要だったでしょう。

 リンカーンやアレクサンドル2世の解放政策は、その時代の制約や社会的な状況を反映しています。彼らの功績は否定することはできませんが、同時にその限界や課題も認識しなければなりません。我々は、歴史から学びながら、社会的な包摂や経済的な公正を追求するために、持続的な取り組みを続けなければなりません。

 余談、というか、これは別の機会にお話ししますが、この二つの政策に比べると、約十年後に行われた明治新政府の「地租改正」は大変優れた政策でした。農民に地券を発行し、土地の所有権を、領主だった武士側ではなく被支配層だった農民側に認めています。これは、リンカーンもアレクサンドル2世も出来なかったことで、もっと強調、評価されて良いと思います。



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