新章・魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 2巻第3章 新たな魔神もタイヘンなんです!②

「エリナ、エリナ」

「ん、んん……」

 名前を呼ばれ、優しく肩を揺らされて、エリナはまどろみの中から引きずり出された。
 まだ重い瞼を開くと、大好きな二人の親友が心配そうな顔でこちらを見ている。

「ふぁぁ……おはよ、フラン、カナちゃん……。ふにゅ……わたし、寝坊しちゃった?」

 なかなか動きださない脳みそをなんとか動かしてそう言うと、二人はホッとした笑顔になった。

「ううん。でも、そろそろ起きる時間だよ」

「エリナがうなされてるみたいだったから、起こした方がいいかしらってフランと相談して……。悪い夢でも見ていたの?」

「悪い夢? んーと……」

 そう言えば、まどろみから引きずり出される前、なにかを見ていたような記憶があった。
 目の前で悲しいことが起きているのに、自分はなにもできないでいる、そんな夢。
 それでもどうにかしたくて、どうにもできなくて、なんとかしようってもがいて……。

「そうだ。マリちゃんの夢だ……」

 その答えにフランとカナーンは目を丸くする。

「マリちゃんが暗いところでうずくまっててね、肩を震わせてて……たぶん泣いてたんだと思う。でもわたしが声をかけてもマリちゃんには全然届いてないみたいで、マリちゃんはなにか透明な壁に囲まれてるみたいで手も届かなくて……」

 エリナは夢の記憶をしまい込むように手のひらを握りしめた。

「わたし、マリちゃんを助け出したい。……ううん、助け出す。絶対に」

「エリナ……。うんっ、絶対に助けようね!」

「ええ、私もできる限りのことをするわ」

 三人でそううなずき合ったとき、寝室の扉がノックされた。

「エリナ様、フラン様、カナーン様。お目覚めになっていますでしょうか?」

「リエーヌだ! おはよう、リエーヌ! みんな起きてるよー!」

 エリナの返答に扉が開かれ、メイドが部屋に入ってくる。

「どうやら、昨夜はよくお眠りになったご様子ですね」

「にゃはは、うんっ」

「フラン様もあれからすぐに寝つけましたでしょうか」

「あっ、え、えと……はい。大丈夫です」

「それはようございました。それでは皆様、朝の身支度をいたしましょう」

 リエーヌはそう言いながら、カーテンを開き、朝の眩い光を寝室に招き入れた。

「あれからって?」

 疑問に思ったエリナがフランに尋ねる。

「大したことじゃないの。夜中にちょっと……あの、おトイレに起きちゃって……それでリエーヌさんと廊下で会っちゃっただけ」

「全然気がつかなかったわ……。寝てる時でも人の気配には敏感じゃなくちゃいけないのに……」

 カナーンは自らの不甲斐なさにため息をついた。

「ふふふっ、エリナの隣で寝てる時のカナちゃん、すっごく幸せそうな顔してるよ? 思わずしばらく眺めちゃうくらい」

「なっ……や、やめてよ、フラン!」

 ボッと顔を赤らめるカナーン。
 だが、抗議の声はエリナからもあがった。

「ずるいよ、フラン! わたしもカナちゃんの幸せそうな寝顔見たい!」

「エリナもそういうこと言うのやめてっ」

「んー、難しいんじゃないかなぁ。あれはエリナが隣で寝てるからこその幸せな表情だと思うの。たぶんカナちゃん、エリナが起きたらその状態じゃなくなっちゃう」

「だからフランも――」

 パンッ!
 とリエーヌの手が打ち鳴らされて、三人はビクリとして口をつぐむ。

「ロミリア様とラティシア閣下ももうお待ちになっています。早急に身支度を済ませて食堂へ」

「「「はいっ」」」

 慌てて返事をする三人を見てリエーヌは嘆息したが、その内心ではホッと胸を撫でおろしていた。
 エリナたちの性格から考えて、マリウス皇子のことを軽く見ているとは考えられない。
 でも彼女たちはこうして笑い合えている。
 エリナの持つ前向きさにフランとカナーンも引っぱられているのか、それともロミリアが昨夜ラティシアに放った『おバカ』発言の影響か。

「エリナ様、まだ御髪が乱れています。少しじっとして……はい、これで結構です」

「ありがと、リエーヌ! ……ん、いい匂いしてきた。これは……シチュー、かな?」

「ご名答です。温かな朝食で皆様に朝から元気を出していただこうと思いまして」

「さっすが、リエーヌ! にゃはは、わたしお腹空いてきちゃった。早くいこっ。フラン、カナちゃん」

「もう、エリナったら」

「でも、気持ちはわかるわね」

 そう言いながら寝室を出ていくエリナたちの後ろ姿を見て、リエーヌは微かに微笑んだ。


 昨夜はケンカをしているように見えたロミリアとラティシアだったが、エリナたちが食堂にやって来たときには普通に会話を交わしているように見えた。
 エリナたちに気がつき、二人は顔を向ける。

「おはよう、エリナ、フラン、カナーン。昨夜はよく眠れたかしら」

「おはよう、ロミリア。うん、わたしはもうぐっすり」

「私も……やはり疲れがあったみたいで、朝までぐっすりと」

 ロミリアの質問にエリナとカナーンがすぐに答える。

「フランはどうかしら? よく眠れた?」

「あ、あはは……はい。私もよく眠れました。あの……お二人の方は……?」

「私たち?」

 フランの問い返しに、ロミリアは視線をラティシアに向け、ラティシアはそれを受けて小さく鼻をならした。
 それは、機嫌を悪くしたというよりは、どこか照れ隠しのようにフランには見えた。
(やっぱり、あれって……)

 昨夜、夜中に起きたフランは見てしまったのだ。
 ラティシアが寝ているはずの寝室に、ロミリアが入っていくところを。
 ノクトベル大聖堂に居室があるロミリアではあるが、ここのところの魔神騒動を受けて、ランドバルド邸の一室を借りてちょくちょく寝泊まりしていくことがあった。
 元々はこの屋敷の使用人が使っていたのであろう、狭く小さな一室だ。
 エリナが言うには、その部屋は昔から半ば『ロミリアの部屋』となっていたようで、ロミリアがこの夜に泊まっていったこと自体は何の不思議もない。
 だが、ラティシアの寝室はそんな小さな一室とは違い真っ当な客室だ。
 あまり使われることがあまりなかったため埃を被っていたこともあったが、リエーヌが来て以来、口うるさい貴族が泊まったとしても文句は出ないだろうというレベルまで美しく整えられていた。
 同じタイプの客室はもう一部屋あり、そちらはもちろんマリウスが泊まっていた部屋だ。
 つまり、一人一部屋。
 大きなものではあるが、ベッドも一つしかない。
 そこに入っていったロミリアを目撃して、フランはまず、まだケンカ状態にあるのではないかと不安になった。
 だが、よくよく考えてみれば、ラティシアが使う客室に消えていったロミリアは寝間着姿だったではないか。
(二人で一緒に寝るってことかな? ……私たちみたいに?)
 大人の女性が二人で一つのベッドで寝る。
 大きなベッドであることはフランもよく知っていた。
 大人の女性でも楽々二人一緒に寝ることは出来るだろう。
 先ほどケンカしていた二人が一緒に……?
 中の様子はわからなかったが、ロミリアは至極控えめなノックをしてから部屋に入ったように見えた。
 ロミリアが勝手に人の寝室に侵入するとも思えない。
 つまり、ラティシアもロミリアを迎え入れたということだろう。
(お、大人の女の人も……一緒に寝たりするんだ……)
 フランはコクリと生つばを呑みこんだ。
(なにを考えてるの、私……)
 足音を忍ばせて、フランはゆっくりとその客室に向けて一歩を踏み出す。

「フラン様」

「ひゃぃっ――」

 急に名前を呼ばれてフランは悲鳴をあげそうになったが、その口は細くしなやかな指で塞がれていた。

「真夜中ですので、お静かに」

「り、リエーヌさん……」

「フラン様もエリナ様の寝室に戻ってお眠りください。ここより先は大人の世界。フラン様にはまだ少々お早いかと存じます」

「大人の……」

 フランは今一度、寝室の扉に目を向ける。

「それでも、少しだけ覗いていかれますか?」

 リエーヌのその問いにフランはピンと背筋を伸ばした。

「い、いえっ、大丈夫です。すぐに寝ますっ」

「それがよろしいかと存じます。寝ている間、エリナ様をどうかよろしくお願いいたします」

「は、はい。おやすみなさい、リエーヌさん」

 ブンと頭を振ってお辞儀をすると、フランは足早にエリナの寝室に向かう。
(大人の世界だって! 大人の世界だって! きゃーっ! きゃーっ! あー、ダメダメっ。こんなのまだエリナにはもちろん、カナちゃんにだって言えないよぉ。って、私なにも見てないから、そもそもなにも言えないっ。あの向こうでどんなことが……ああああああああ、少しだけでも覗かせてもらえば……ああああああああっ)
 こんなに興奮した状態で眠れるのかと自分で心配したフランだったが、エリナとカナーンの体温で温められたベッドの多幸感は凄まじく、五分と経たないうちに眠りへと落ちていった。

 そこから一夜明けての今である。
 フランはロミリアとラティシアの顔をまともに見ることができないでいた。

「私たちの方も大丈夫よ。昨夜は恥ずかしいところを見せてしまってごめんなさいね」

「い、いえ」

 どうしても顔が赤くなってしまうフラン。
 そんなことはつゆ知らず、いつもの快活さでエリナが言った。

「じゃあ、ちゃんと仲直りできたんだ! よかったぁ」

「ええ、もちろんよ。ねぇ、ラティシア?」

 ラティシアはまたばつが悪そうに鼻をならしたが、すぐにブンブンと首を左右に振る。
 そして、席から立ちあがり、頭を下げた。

「……皆、すまなかった。昨日の私はどうかしていた。ロミリアの機転がなければ、私は騎士として取り返しのつかない宣誓をしてしまっていただろう。君たちにも不安な思いをさせたことだと思う。本当に、申し訳ない」

「謝ることなんてないです。そりゃ、ヘンな宣誓はしちゃったらマズいと思いますけど……。でも、ラティシアさんがそれだけマリちゃんのことを大切に思ってるってことだと思いますし……」

 エリナはすぐにそう言ってラティシアの頭をあげさせる。

「ありがとう、エリナ。その言葉に救われる思いだ。だが、それでも尚、私は君たちに頭を下げなければならない」

 そして、ラティシアは今一度頭を下げた。

「私は殿下を助けたい。そのためには君たちの力も貸してほしいんだ! 頼む! この通りだ!」

「ええええっ!? だからっ、頭下げる必要なんてないってば! わたしたちだってマリちゃんのこと助けたいんだから、力を貸すもなにもないですって!」

「すまないっ」

「だからっ、すまないもナシで!」

 エリナはラティシアのところまで飛んでいって、無理矢理その下げられた頭を起こさせる。

「だから言ったじゃない。エリナなら大丈夫だって」

 ロミリアがケタケタと笑いながら言った。

「大丈夫かどうかではない! 筋を通すか通さないかだ! ――ありがとう、エリナ。殿下を無事助け出すことができた暁には、私の持ちうるすべてで以てこの恩に報いることを誓おう」

「いやだから、恩とかそういうのも――」

「いいや、これだけは譲れん! それが私の騎士としての矜恃だ!」

「くっくっくっ、け、結局それでエリナのこと困らせてるし、ぷくくくくくくっ」

「ええいっ、笑うなロミリア! 貴様、それでも聖職者か!」

「だ、だって面白いんですもの」

 ラティシアの標的がロミリアに変わった隙に、エリナは素早くフランとカナーンが待つ自分の席へと戻ってきた。
 するとすぐにカナーンがぼそりと呟く。

「エリナ、すごいわね……」

「ふぇ? なにが?」

「私は『将軍閣下が私たちみたいな子供に頭を下げた!?』ってところで思考が停止してしまって、なにをどう答えていいのかさっぱりだったわ……」

「私も……」

 フランもカナーンに同意する。

「そ、そういえばそうだよね……。わたし、すぐ反射的になんか応えちゃうから……」

「違うのよ、エリナ。あなたはそれでいいの」

「うん、私もそう思う。きっとエリナのそういうところを失礼だって怒っちゃう人もいっぱいいるとは思うけど、私は大好きだよ。エリナのそういうところ」

「好きって言ってもらえるのは嬉しいけど、なんか微妙なような……」

 そんな会話をしているうちに、各人のテーブルにはほかほかと湯気を立てるシチューが置かれていた。

「エリナ様」

「あ、そっか。えーと……では皆さん、召しあがってください?」

 ぎこちないホストの言葉と共に食前の祈りが呟かれ、そしてようやく朝食がはじまった。
 朝食をとりながらも、ロミリアは魔神が向かった大まかな方角などを話し、その居場所をここからさらにどういった方法で絞り込んでいくかを説明する。
 はじめは真剣に聞いていたエリナだったが、理論的な話になってくると途端に集中できなくなってきて、パンを千切ってコルに食べさせる回数がどんどん増えたりしていた。

「結局、山に行って探すしかない感じ? もうどこか他のところに行っちゃったってことはないのかなぁ?」

「ええと、だからね? 大雑把に言うとロミリア先生の結界は二重構造になってて、街だけを囲む結界――これは魔神の侵入そのものを阻む結界ね?――それと、サビオ連山の麓くらいまで入っちゃうくらいおっきいけど、魔神が入ってきたよっていう感知をしてくれる結界があるの。で、内側の結界を出ていったことは確かなんだけど、外側の結界を通った形跡が今のところないんだって。だから、この輪っか状の範囲内になるんだけど、さらに他の感知魔法が――」

「つまり、山に行って探すしかない感じ? ……ってことだよね?」

 エリナにもわかるようにと一生懸命優しく説明したつもりだったフランは、その言葉にがくりとこうべを垂れた。
 そんな様子に苦笑してロミリアが口を開く。

「ごめんなさいね。どの時点でもいいから、『この時ここにいた』って情報があれば、かなり絞り込めるとは思うのだけど……」

「しかし、相手も魔神だ。手分けして山を捜索というわけにもいくまい。あまりにも危険過ぎる」

「でも、早く捜さないとマリちゃんが!」

「確かに頭を下げて頼みはしたが、私は別に君たちに無駄死にをしてほしいわけではない。山を捜索をする場合でも、必ず一団となっての行動が必要になるというのが私の考えだ」

「で、でも、山って言っても広いよ? サビオ連山って山が連なっちゃってるんだよ?」

「もし見つけた場合も問題よ。現状では、殿下から魔神を追い出す方法もわからないの」

「殿下と魔神が不可分な可能性も考えておかなければならない……」

「でもマリちゃんは絶対に助け出せるよ!」

 などと話し合っている最中のことだった。

「エリナ様、お客様がお見えになったようです。出迎えて参ります」

「お客様? 誰だろ? お出迎え、わたしも行くね」

 そうして、エリナとリエーヌが玄関までやってくると、まだ二十メルトは離れているだろうところから、大きな声が聞こえてきた。

「エリナ! エリナ・ランドバルドはいるか!」

 その声を発しながらズンズンと歩いてくるその姿を見て、エリナは眉を顰める。

「……パニーラ? パニーラがなんで一人で……?」

「エリナ様、追い返すことも可能ですが」

「んー、とにかく話を聞いてみよ。――パニーラ、いらっしゃい! 朝からどうしたの?」

 エリナの姿を認めると、パニーラはそのズンズンとした足取りを速め、エリナのすぐ手前までやってきた。

「むぅぅ……いたか、エリナ」

「目の前にいるでしょ……。どうしたの、ホントに。ペトラとプルムは? 一緒じゃないの?」

「むむむむむむむむ……」

 難しい顔をしてパニーラは唸る。

「だからなんなのよ……」

「エリナ様、やはりお引き取り願った方が――」

 リエーヌがそう言いかけたとき、パニーラの頭がブンと下げられた。
 なんで朝からこんなに人に頭を下げられなければならないんだろう。
 どちらかと言えば、人に謝ることの方が多いエリナである。

「頼む! 私と一緒に来てくれ!」

「はい? 一緒に来てくれって……どこに?」

「もちろん、プレツィター商会にだ」

「なんでわたしが」

「それは――」

 そこに屋敷の中から声がかけられた。

「ずいぶんかかってるみたいだけど結局誰が……あら、パニーラじゃない」

「ろ、ロミリア先生!? 先生がどうしてエリナの家に……」

「旧友がここに泊まっているのよ。それで、あなたの方はどうしたのかしら?」

「じ、実は……お嬢様とプルムがうわごとのように……え、エリナの名を呼んでいるのです……」

 パニーラのその言葉に、エリナとロミリアは目と目を合わせた。

「ど、どういう状態?」


 パニーラの説明によれば、ペトラとプルムは昨日の夜、山中で気を失って倒れているところを発見されたのだという。
 発見したのはパニーラとプレツィター商会の数名。
 暗くなっても帰ってこない二人を心配して、二人が修行に使っている場所を知っているパニーラが率先して探しに行ったのだ。
 二人が発見されたのはパニーラの把握していた場所からは多少離れていたが、パニーラは二人の行動パターンも熟知していたため発見は比較的早かった。
 奇跡的に無傷の状態でプレツィター家まで二人を連れ帰ることが出来たが、二人は今朝になっても悪夢を見ているようでずっとエリナの名前をうわごとのように繰り返しているのだという。
 当のエリナを連れてくれば、二人が目を覚ますのではないかと思ったパニーラは、それ以上のことはなにも考えずにランドバルド邸までやってきたというわけだった。

「エリナが声をかけてみて目を覚まさないようなら、私の神聖魔法を使ってみるわ」

「そんな魔法あるんだ?」

「目を覚まさせる魔法もあるし、不安を取り除く魔法なんかも悪夢には効果があるわね」

「なるほどー」

 結局、パニーラにはエリナとロミリアがついていくことになった。
 フランやカナーンも同行を希望したが、気を失った人間が寝かされているところにあまりぞろぞろ行くものでもないし、魔神に対するエリナの護衛としても最強のロミリアがついているということで、この二人だけで行くことになったのだ。

「お嬢様の寝室はこっちだ。便宜的にプルムも隣に寝かせている」

「パニーラたちも三人で一緒に寝たりするの? 今ねー、フランとカナちゃんの三人で一緒に寝てるんだー。いいでしょー?」

「私はおまえたちがどう寝てるかなどに興味はない。うわごとを繰り返しているとはいえ、お嬢様たちは寝ているんだ。静かにしろ」

「わたしたち、起こしに来たんじゃないの?」

「うるさい。黙れ」

「ったく、パニーラだけはあんまり前と変わんないなぁ」

「フン……」

 鼻をならしつつ、パニーラは扉をノックした。

「お嬢様、パニーラです。エリナとロミリア先生を連れてきました。――失礼いたします」

 パニーラに促されて、エリナとロミリアもその寝室に入る。
 寝室の中央には天蓋の付いた大きなベッドが設えてあり、その中からは確かに誰かの低い呻き声のようなものが漏れ聞こえてきていた。
 目を向けるとパニーラが渋々といった様子でうなずいたので、エリナはベッドに近づいてそこに眠る二人の少女を覗き込む。

「うぅ……エリナ…………エリナ……」

「うわ、ホントにペトラがわたしのこと呼んでる……っていうか、これ……わたしに、助けを求めてる……」

 その声の調子に気がついた瞬間、エリナは思わずペトラの手を取って、両手で握りしめていた。

「ペトラ、大丈夫だよ。わたしが来たから、もう、大丈夫」

 すると、ペトラの表情から溶け出していくようにゆっくりと苦悶が消え去っていき、それと同時にうっすらと目蓋が開かれる。

「エリナ……?」

「うん、わたしだよ。ペトラ、大丈夫?」

 ハッとした顔をするペトラ。

「ち、違うのです! マリチャンさんのことはそうではなくてっ。エリナこそがわたくしの、わたくしの――」

「わたしが、ペトラの……なぁに?」

「わたくしの………」

 ペトラは目をパチクリと何度もしばたたかせ、次いで辺りを見回してそこが自分の寝室であることを理解する。

「………ど、どうしてエリナがここにおりますの?」

「ペトラが眠ったまま、わたしの名前をずっと呼んでるっていうから来たんだけど……」

「お嬢様! お目覚めになりましたか!」

「ぱ、パニーラ!? あっ、ちょっ、エリナ! どどどどうしてわたくしの手を握っていますの!」

「あ、ごめんね? なんか不安そうだったから、安心するかなと思ってなんとなく」

 そう言ってエリナはパッとペトラの手を放した。

「あ」

「え?」

「なんでもありませんわ! ここはわたくしの寝室です! 用が済んだのならとっとと出てお行きなさい!」

 エリナに握りしめられていた手を胸元でさすりながらペトラは言う。

「ええー? それはひどくない? なにがあったのかくらいは教えてよ。マリチャンさんってマリちゃんのこと? ペトラ、マリちゃんとなにかあったの?」

「マリチャンさん……? そうです、わたくしは……いえ、プルムは!? プルムも一緒にいたはずです!」

「となりとなり」

 エリナに言われてはじめて隣で眠るプルムに気がついたペトラは、そこで大きく胸を撫でおろした。
 そこにロミリアが声をかける。

「ペトラ、なにがあったのか私に教えてちょうだい。エリナに聞かれたくないことなら私だけが聞くようにするから」

「ロミリア先生までどうしてここに!?」

「お嬢様申し訳ありません! 必要と思い、私の判断でここにお連れしました!」

 パニーラは深々と頭を下げた。

「ええっとじゃあ、プルムもおんなじ風にしたら起きるかな……」

 エリナはベッドの反対側にまわって、プルムの手を取る。

「プルム、もう大丈夫だよ。わたしはここにいるよ」

「エリナ……?」

 プルムの目も覚めたことを確認し、エリナとロミリアはうなずき合った。


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