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【#8 嗅覚】麦の海まで届く粉

寒いな、と思うことが少しずつ減って、案外寒いな、という感覚が増えてきた。とはいえ陽が落ちると手足がすぐに冷える。
寒さが落ち着いてきた。と書いてもいいところをこうやってズルズルと引き延ばす気持ちが懐かしい。簡潔に伝えるというのは必要だけど、必要なんだよなあ、とたまに思い出すくらいに生きていたい。窮屈になりすぎない程度に、そういう感覚を余白とかいって伝えるのも簡潔さなのかもなあ、とか。
そう考えるともう俺は、〇〇であるだなんて言い切れることは限られてくる。
こうやってまたズルズルと、鼻を垂らしながら適当なことを思ってる。

今日は面接だった。ズルズル頭でうんうん唸って、酔っ払ったから寝るかあなんて生活をしていると「あなたの志望動機を教えてください」なんて最短距離の最低文字数で詰められるとビックリしてしまう。おかげで会議室でくしゃみが止まらなかった。みんなキリッとしてる。キリッとした焼酎にお湯を注いでチビチビ飲んできた俺がそんなもの出せるはずがない。なんだかなあ。働けんのかなあ、なんて。勤続三十年記念で旅行に出かけていった両親がいない間は一人暮らしだ。たっぷりのエントリーシートを書かないといけない。花粉症の薬も貰いに行こう。

就職活動を始めてHUBによく来るようになった。今も渋谷店で飲んでいる。WWWXの開場待ちで、今日はナッツは頼まない。HUBなんて大学生活でほとんど足を踏み入れたことがないセンスのない酒場だったけど、こんなにどの街にでもあると思わなかった。面接が終わると大抵ハッピーアワーが終わるまで二時間くらいあるのだ。キリッとしないレモンサワーを二杯飲んで出るといい感じに夜で、もうすぐ空が一年で一番青い季節になる。下北沢のどこかのライブハウスはレモンサワーを頼むと金宮か黒霧島かを選べて、黒霧島で作ったレモンサワーは八割残して帰った。

3月1日、大隈講堂前で缶ビールを開けた。それでも少し寒かったけど、昂揚会のおっさんみたいな先輩は当たり前のようにいた。暖かくなったから今日から解禁しようと思って。と言うと、俺ら冬の間誰もいなくて寂しかったんだよ待ってたよ。と不思議な歓迎を受けた。歓迎された分、タバコを一本あげた。早稲田を感じるのなんてこんなときくらいだ。

その日はどこかのビールメーカーの説明会を受けた後で、やっぱり若者のビール離れをどうにかしないといけないと喋っていた。世界的にもそんな時代らしい。ノンアルコールやプレミアム系ブランドの強化が流行っているというけど、俺はクラフトビールもプレミアムモルツも嫌いだから若者であろうとその方向転換は関係ありそうであまり無い。けもなれが流行ったときにクラフトビール特集なんてあっても良さそうだけどあったっけ。小学生のなりたい職業一位が物理学者になったとき、メディアはノーベル賞の日本人受賞が影響してると報道していたけど実際は仮面ライダービルドのおかげだ。キリッとした大人が考えることなんてそんなもんだ。

ビール離れ、というかアルコール離れが海外で進む要因はなんだろう。あいつらはきっとアルコールよりマリファナが好きなだけだろと思って調べたらそんなネット記事を見つけた。「SNSでセルフプロデュースする意識が高い若者は自己を取り乱すリスクのあるアルコールを親しまない」ともその記事は言う。なかなか深いため息が出ていた。何歩置いていかれてるんだろう。俺は多分まだ若いのに、キリッとしたビジネスの世界で俺は若者のサンプルとしても機能できない。ハイボールを飲めるようになって、年を越してから、酒が少し強くなった。三杯目を頼んだ。開場まであと15分。最近Sing in thn rainの映画版で主人公がrainの中singする場面を見た。雨のシーンなのに眩しかった。今日のライブはものんくるも出る。

半年前の台風の日のライブの振替公演は、案外寒くないな、と感じる今日だ。鼻を垂らしながら、ミントのキリッとした酒を飲んでなんだか目眩でクラクラしながら。WWWXへ登る階段はいい匂いがするって知ってる?
そろそろ、行ってきます。

ライツ
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