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ブルシット・ジョブ

「経済学者ケインズは、さまざまな自動化によって将来は「週15時間労働」が可能になると予想したが、そうはなっていない。代わりに「ブルシット・ジョブ」を生み出している」

安芸高田に向かう車のスピーカーからはデビッド・グレーバーのBullshit Jobを聴いていました。冬はシクロクロスのシーズンで車の移動距離も増える。そうすると車中オーディオで本の朗読を聞くことも楽しみです。

年に数回大学院での講義があり、次は来週です。どういうストーリーにするか整理しては捨てるを繰り返します。テーマはヘルスサービスリサーチ。 カタカナでよくわからんというのはごもっともで、医療・看護・介護についての提供についての研究。日本語にしただけではないか。その通りです。
公衆衛生学でもいいんだろうけど、何でか知らないけど、医師・看護師等の専門職でなくても入れる大学院での講義。つまり健康サービスのマネジメントに関する研究がテーマになっています。

ということは厚生労働省などの行政とも関係が深いのです。実際にこの研究室では、介護保険で得られたデータを施設にフィードバックする方法とかで研究費をもらっています。
で、厚生労働省が得たデータを使って各施設でPDCAサイクルを回して、施設運営や利用者の状態を改善させる、というのが主旨ですが・・・・

この介護保険で各施設からデータを集める仕組みはLIFEと名付けられていて、これにデータを登録すると、各施設は少しだけ高いお金を介護保険サービスとして受け取る仕組みになっています。

実はこれが全く役に立ちません。特に利用者を改善させる目的に使えるかというと、全くダメです。
理由は簡単。
私たちプロフェッショナルは、目の前にいる患者=利用者、その家族、紹介状、検査データ、家屋環境その他いろんな、データ化されない情報も含めてその場で判断しすぐに対応するからです。PDCAのPlanとDoは、すぐに始まり、また問題が発生した時にさっとC= CheckチェックしてまたDoの繰り返し。入力したデータの結果を待って何かすることは全くないのです。

では、何故このようなことが始まったのでしょうか。
介護保険のサービス費用は、事業者の圧力から高く設定してあげようと努力する厚生労働省と、できるだけ抑えようとする財務省の間の関係や、ロビー活動を受ける政治の介入、世論や、声の大きな人たちのバランスで決まっていきます。このLIFEという情報登録の仕組みは、少しでも介護報酬を高くするために、財務省との交渉の中で、介護をできるだけ科学的にするから、お金を少しでも高くつけようよ、経営者ロビイストと厚生労働省の連合VS財務省のせめぎ合いの結果出来たものなのです。

とすると、データを取って入力するのは施設の職員で、施設のくだらない事務作業=Bullshit jobは増えます。

分析は厚生労働省の役人はしませんから、予算化して(つまり税金)大学やいろんなコンサルタントに研究費やら委託費やら理由をつけて請け負ってもらうわけです。私が講義する講座もそんなお金をもらっています。

役にも立たないデータを大学やコンサル会社はもらって分析して、報告書を書いたり、フィードバックするソフトウェアを作ります。

つまり、施設は役にも立たないデータを入力させられ、コンサルや大学は役にも立たない分析をして報告書を書く。全ての流れがBullshit jobから成り立っているということになる。BullshitにBullshitが増殖していくのです。

果たしてこんな露骨な話を、未来がある大学院生にしていいものでしょうか。
意味がないから良くないよというのは簡単です。では代わりに何をしたらいいのでしょうか。

私はそれは患者=利用者とサービス提供者そしてマネージャーたち(行政や仕組みを考える学者たち)のコミュニケーションの質の問題ではないかと考えて、そんな研究(私も少しだけ関わった)の話をしようかな、と考えているところです。

実際、ヘルスケア産業はBullshitばかり。こういうデータやAIが解決してくれないテーマがゴロゴロしている世界です。

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