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-ラブホ勤務初日、大珍事の回-


ラブホテルの主な仕事は2つ、フロント業務と清掃業務。
フロントは基本2勤2休制で清掃は昼勤夜勤に別れているところが多いと思う、フロントはシンプルに寝れない所とトラブル処理がキツく、清掃はシンプルに体力勝負の仕事。

勤務初日、清掃業務を教えてくれるはずだった人がいきなり休んでしまい溢れた私はまずフロント業務を教わる事になった。
モニターをチェックし、朝にはアウトコールをかけ、フードやドリンクが出れば作って運び、暇な時間は備品や貸出のアダルトグッズのメンテナンスをする、無限に連なった業務用コンドームのミシン目を外したりしていても時間が過ぎるのが余りに遅い。

面接をしてくれた恰幅の良い男性はオーナーだったらしく、横にいたおばちゃんは一番の古株でフロント番だった。

「あんた、昼に働きたいとかある?」

「嫌、学校があるんで基本は夜で...」

「その方が良いよ、昼は私以外フィリピン人しかいないから日本語も通じないしハブられるから」

そう言いながら煙草を吸ってモニターを見つめる顔に面接の時のニコニコ顔は無く、ただただ疲れ切った表情で煙を吐き出していた。
ボーっとモニターを眺めていると一台の軽自動車が駐車場の入り口で動かず、既に入室済みの部屋の車の前で男性が2人、言い合いをしている事に気づいた。

「あの...これ大丈夫なんですかね...」

「あー、ちょっと様子みてきて」

「えっ?」

私が勤めていたのはワンガレージ型ラブホで基本的に鍵の受け渡しやチェックイン業務は無かったのでまぁ、ボロボロの輩と言っても差し支えない様な格好だった記憶がある。
物は経験だから、と放り出された私は恐る恐るその2人の男性に近づくと1人は怒号をあげて、もう1人はそれを宥めていた。

「あの...どうかされましたか?」

いきなり現れた緑髪の顔面ピアスに少しギョッとしていたがそれでも2人は言い合いを続けた。
中年の男性2人、カップルという訳でもなさそうで、片方のすごい剣幕にこちらまでやられそうになる。

「この部屋に!嫁がいる!!あけろ!!」

「そう言われましてもそれは...」

詳しく話を聞くと、嫁の不倫を突き止める為に証拠探しをしていたがいざ目の前でラブホテルに入る所を見て頭に血が上り突撃してきてしまった旦那さんとそのお連れさんだった。
落ち着きそうも無いので一旦事務所に戻り、事の説明をしても「帰らせて」と言われるだけで八方塞がり、初日に、こんな事件に見舞われるものか...?と絶望しながらまた駐車場に戻る。

「ホテルとしては何もできないので...」

「フロントから電話かけろ!」

「それは...」

と言う押し問答の末に、私が負けてしまい1度だけフロントから電話を掛けてみますとまた事務所に戻る。

「あの...フロントから電話をかけろと...」

「かけて」

なんでこの人は何もしないんだ、と思いながらもグッと堪えコールすると、出た。

「申し訳ありません、お客様のお連れ様だと仰る方が駐車場に来られてるんですが...」

「えっ?帰して下さい、知りません」

当たり前の返事だ、と思いながらもう激しく叱りつけられた犬くらいに身体を丸めながら再度駐車場へ向かう、足取りの重さは鉄枷20キロ位あったと思う。

「知らないとおっしゃってまして...これ以上はこちらもなにも...」

そもそも利用中の部屋を明け渡すことなんて出来るわけが無いし、開けたとしても暴力沙汰が起こるの目に見えている、こちらの責任問題を問われかね無い地獄だ。
カップル、夫婦間の問題は民事不介入とは言うがただただこちらとしては営業妨害以外の何者でも無いので通報するより他ない。
最大限に面倒くさく、無意味な時間だなと思いながら事務所に戻り、最寄りの交番に電話をかけながら「この先、やっていけるのだろうか」と不安で溜息が出た。






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