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母と会う日は哀しくなるよ


久しぶりに母と会うと哀しくなってしまう。

今回の帰省でもやっぱりそうだった。


9年前、私は大学進学のために実家を出て東京で暮らし始め、それからずっと一人暮らしをしている。

母に会うのは年に4回くらいだ。帰省する場合もあるし、母が東京に遊びに来る場合もある。結構会っているほうなのかもしれないが、見るたびに一回り小さくなって、顔や手の皺も増えて、年を取ったなという感じがする。


母は嫁として嫁いできたばかりのころ、曾祖母と祖母に大変いじめられていたらしい。その関係がいくらか緩和したのは子供を産んでからだったという。お前たちに助けられたよ、本当に産んで良かったよという話を何度も聞いた。

長男と私が家を出てからは、父、母、次男、祖母の4人で暮らしている。私が小さかった頃は、長男、私、祖父、曾祖母を加えた8人暮らしだったのでかなりにぎやかな家庭だった。今は毎晩お通夜みたいよ、と母は寂しそうに嘆いている。

そして、5年前に長男一家に子供が誕生した。

兄に子供が出来たことは私にとっても大きな出来事であった。

赤ちゃんと触れ合うのも子守をするのも初めてで、私は子供1人育てることの大変さを知った。子供は家族全員からたっぷりと愛情を受けて育てられる存在で、それはきっと私自身もそうだったに違いなく、今こうして好き勝手生きていられるのも家族の愛情のおかげなのだと知った。

そして、やんちゃな男の子二人と、男勝りの女の子一人を一生懸命育てる母の姿を想像するようになった。



ゴールデンウィーク、お正月ぶりに長野の実家に帰省した。

私の部屋は9年前のままだ。いざとなったらいつでもここへ帰ってこられるのだと思うと安心する。疲れてベットに寝転ぶと、太陽のにおいがした。私が帰ってくるとき、母はいつも布団を干しておいてくれるのだ。

大型連休ということで、長男と、5歳の娘と2歳の息子も帰ってくるらしい。

母は、朝から孫が好きだというコロッケを仕込んだり、野菜も食べられるようにアスパラガスやブロッコリーを茹でたりなど、かなり張り切って料理に勤しんでいた。普段はレシピなど見ないのに、スマホの操作に悪戦苦闘しながらクックパッドを開き、一番人気のソース作りに奮闘していた。

たまの休みなのだからゆっくりすればいいのに、と私は思った。

けれど母は孫のために料理をしたり、プレゼントを買ったり、孫が一番好きなお菓子を買うためにスーパーを駆けまわったり。小さい体でフル稼働だ。


でも孫と遊ぶ母は本当に楽しそうだ。孫たちを見つめる眼差しは、くさいけれど、"無償の愛"とやらに満ち溢れていると思う。子供と同じ目線に立って走って遊び、わがままに振り回されている母を見るのはおかしくて笑ってしまう。

でもそれと同時に、私はかなりエモーショナルになって涙が溢れそうになる。

私は母の姿をみて、ずっとこの幸せが続けばいいんだけどな、と思う。

別に、母が病気とかそういうのではないけど、人間の命って儚いものだと思っている。大地震が起こって家が倒壊してしまうかもしれないし、脳出血かなんんかで前触れもなく逝ってしまうかもしれない。

あと何回こうやって孫と遊ぶことができるんだろう、お正月と夏休みに帰って来れるとして1年に2回、母は58歳だからあと何年・・・って数えては、残された時間がそこまで長くないということに打ちひしがれる。

そして母自身もそのことはきっと考えていて、だからこそ張り切って、一瞬一瞬を噛みしめるように、惜しみながら、楽しんでいるんだと思う。


兄たち一家が東京に帰る日、母はすごく寂しそうな顔になった。

そして訳も分からずニコニコしている孫を抱きしめて「お前たちの成長が一番の楽しみだよ。元気に大きくなるんだよ。」と言った。

兄たちが家を出ると、実家は一気に静かになった。さっきまで子供たちが大声で叫びながら家中を飛び回っていたものだから、彼らが出て行った後は祖母の部屋から漏れ出るすこし大きめのテレビの音が聞こえてくるのみだ。


そして次は私の番。

朝、母が私の部屋にやってきて「何か買いなね。」といって1万円をくれた。老後のために取っておいて欲しいとは思いつつ、都会での一人暮らしではなかなか貯金ができず、そんな一言も言えずに「ありがとう」と受け取る自分が情けない。

いつかもっと稼いで親孝行できればいいのだが。

だからせめてその日まで、母には元気でいてほしいな。


今、東京の家で一人こうして文章を書いている。部屋に響くのはタイピングの音だけだ。

こうしていると、騒がしかった実家での時間がはるか昔のことみたいに感じられるから不思議だ。東京と長野、距離的にもそこまで遠くはないと思うけど、別世界にいるような感覚になる。

私は今夜、少し押し入れ臭い布団の中で、楽しかった帰省の思い出を反芻しながら眠りにつくのだろう。





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