ルーマニア シェンゲンという夢が打ち砕かれた日

最後にnoteに投稿したのは一年以上前だ。色々な出来事があったので、それらの解説も含め、日本ではあまりなじみない、そしてあまり聞くことのないシェンゲン協定と、それに関する最近の出来事を書きたいと思う・

二大政党融合内閣

最後に公開した記事に、ルーマニアが「政治的危機」に瀕していると論じた。軽くおさらいすると、ルーマニアには二つの大きな政党が存在する。国家自由党(PNL)と社会民主党(PSD)だ。ざっくり説明すると、右派と左派の政党である。2020年の上院下院選挙の際、PNLの党首、オルバン(ハンガリーの現首相と同じ苗字だが、関係性はない)は、反PSDをモチーフとした選挙活動を展開。2016年にはPSDが45%の議席を獲得していた。そして、2017年には、PSD-ALDE内閣が発令しようとした緊急条例13条/2017に対する大規模な抗議が発生。この緊急条例は、刑法を国会の審議なしに修正するために発令された(もちろん、発令後は、国会が承認せねばならないが、承認されるまで新しい条例は発動されている)。警察や検事が捜査する際、証拠の隠蔽や容疑者に対する依怙贔屓は、「二親等までの家族の一員が関与していた場合は刑を免除する」という文から始まることが示す通り、様々な汚職を合法にしようとしたのだ。ちなみに、緊急条例とは115条に制定される通り、内閣が「緊急時」に素早く法令を改訂できるように定められたものだ。しかし、緊急という概念が曖昧であり、毎年基本的に100以上の緊急条例が発令される。

2017年2月5日の大規模デモ、全国で60万人以上の参加者。写真は首都ブカレストの抗議の様子。
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その後も、PSD主導の内閣が数々の司法を無力化するかのような条例を制定しようとし、2018年、2019年と大規模デモは恒例化されたかのように、毎年開催されるようになる。そして2020年2月、ロックダウン寸前にPNLの少数党内閣が成立。

2016年、選挙に勝利してから2020年の立法機関選挙まで、PSDは自らのイメージを汚職と強く結びつかせることになり、オルバン党首は2020年の選挙のモチーフを反PSDにし、PSDとほぼ同数の議席を獲得。中道右派兼反体制派のUSRと共に内閣を成立。しかし、オルバン自体は、パンデミック時という最も困難な時期に首相になっていたため、彼自身の人気は低下し、仕方なく元財務大臣のクツが首相になる。

2020年立法機関選挙の結果。
https://www.google.com/url?sa=i&url=https%3A%2F%2Fwww.europafm.ro%2Falegeri-parlamentare-rezultate-exit-poll%2F&psig=AOvVaw3vL9sh-vZ0_qAha8y-A8v8&ust=1670886373399000&source=images&cd=vfe&ved=0CBEQjhxqFwoTCJjs3_fW8vsCFQAAAAAdAAAAABAE

しかし、新内閣の特にUSR出身の法務大臣が反汚職路線を強化することに焦ったかのように、クツは法務大臣を追い出した。そしてそのすぐ後に、PNL内で新しい党首を決める選挙開催が決定した。現大統領のヨハネス・クラウスも出席し、オルバンは党首としての席を追い出された。しかし、実際には、選挙権を持つメンバーは上から圧力をかけられ、クツを選んだという証拠を写真に収めなきゃならないという、反民主的な党内選挙であったのである。

オルバンはその後、PNLを脱党し、新しい政党を作り、クツは数か月後に元ルーマニア軍の元帥であり、軍部におけるヨハネス・クラウスの右手だったチュカが新しい首相として抜粋されることにより、隅に追いやられることになる。反PSDを掲げてたPNLは、PSDと共に新内閣を成立することになり、司法はさらなる攻撃の対象となる(Freedom Houseの地図を見ればわかるように、民主主義の質は低下したとされる)。ちなみに、新内閣を成立するにあたり、次期選挙までの半分をPNL出身の政治家が、残り半分をPSD出身の政治家が首相を務めることになっておる。2023年5月と定められたその日はもう遠くない。

シェンゲン協定への加入を大々的に報じる

新内閣は最初から沢山の批判を呼び込んだ。まず、反PSDだったはずのPNLが、よりによってPSDで「政治的結婚」をしたのである。そして、軍の幹部が首相になるという、軍政主義を彷彿とさせる出来事を人々の怒りを買った。また、チュカ新首相は明らかに政治家に向いていないこともすぐに明確になった。ルーマニア語の文法を間違える政治家はこれまでも幾多といたが、紙に書かれた分を何度も間違える様は、どこが新しいものがあった。しかし、大統領と二大政党がバックにつき、彼が辞任することは今現在起きていない。

また、直ぐに発覚したことがある。彼は博士号を取得しているが、博士論文は盗作であった。他にも、内相の博士論文が倒錯であることが発覚したり、ルーマニアの国家警察のために、600以上のBMW車両を大統領の友達が務める仲介人を通じて購入しようと試みたりと、内閣の人気は右肩下がり。

そんな状況を逸脱しようとしてか、今年の夏あたりからシェンゲン協定に加入できると、両党の政治家たちは豪語してきた。シェンゲン協定とは、国家間の移動の際に、書類確認をせずに自由に行き来できるというものだ。10年前にはルーマニア及びブルガリアは技術的なクライテリアは通過していたが、特にオランダ政府の反対により、加入自体は成立していなかった。

そんな状況の中、クロアチアの加入がほとんど決定されており、同時期に加入しようとルーマニア政府はロビー活動を始める。ウクライナ侵攻が始まったこともあり、ルーマニアは地政学的に優位な状況にある。それもあり、欧州委員会はCVMというルーマニアとブルガリアに課された監視のための制度を廃止する。ルーマニアの国民を親欧州派にするのは、フェイクニュースが反映しているこの時期にはとても大切なのだ。それにより、オランダ政府はルーマニア加入に対するVETO権を放棄した。

シェンゲン加入を決める12月8日の数週間前に新しい国がルーマニア加入に待ったをかけた。オーストリアである。ルーマニア経由の違法移民が多いからという理由である。そのような客観的データは存在せず、なんなら12月8日に正式に加入が決まったクロアチアのほうが違法移民が立ち寄るルートとなっているが、次期選挙が迫るオーストリアの首相にとってそんな詳細はどうでもよかった。夏には多くのオーストリア人がクロアチアへ海水浴にでかける。書類確認という面倒なプロセスをなくせば、国民の支持率は上がる可能性がある。それに対し、彼は違法移民に対する強い姿勢を証明することで選挙に勝利した政党のリーダーだ。ルーマニアという汚職が蔓延した国を受け入れたとなれば、彼の支持率は下がりうるという考えからか、ルーマニア加入を拒否した。

欧州機関の直接的な援助があったにも関わらず、ルーマニアはシェンゲン加入を逃した。地政学的な理由付けをしたにも関わらず、ルーマニアは加入を逃した。

Twitterで拾ったmeme画像。違法移民はルーマニアを経由する理由がそもそもあまりない。https://www.google.com/url?sa=i&url=https%3A%2F%2Ftwitter.com%2Fvisegrad24%2Fstatus%2F1600834359908507648&psig=AOvVaw0aQG7bZw9pDADdYFrDxRJc&ust=1670889253520000&source=images&cd=vfe&ved=0CBIQjhxqFwoTCNjr-tTh8vsCFQAAAAAdAAAAABAE
違法移民のルート。https://www.google.com/url?sa=i&url=https%3A%2F%2Fwww.dw.com%2Fen%2Fillegal-migration-puts-slovakia-into-schengen-isolation%2Fa-63807814&psig=AOvVaw0XYH5g4b8qKm9MVNc67eV3&ust=1670889131570000&source=images&cd=vfe&ved=0CBAQjhxqFwoTCIDV_7Ph8vsCFQAAAAAdAAAAABAE

#BoycottAustria

ルーマニアの観光大臣はシェンゲン未加入決定後、ルーマニア人はオーストリアへスキーへ行くべきではないと発言した。他にもFacebook等のSNSでは、オーストリア産の商品は買わない、オーストリアの銀行アカウントは凍結するなど、市民のオーストリアに対する怒りも散見される。他にも、PNLの主要人物であるRareș Bogdanがルーマニアの食糧輸出を止めることにより、欧州を食糧危機に陥れると脅迫のような発言であったり、文民官民問わず、人々は怒りあふれている。

オーストリア首相の説明は、客観的なデータを欠いており、それに憤慨する人々の気持ちは理解できる。しかし、オーストリアのせいにして喚くのが解決方法なのだろうか、という疑問は残る。

政治アナリストのなかには、オーストリアのこういった態度を予見できなかったルーマニア政府に問題があり、また汚職国家としてのイメージ作りに参加した現政治的リーダー達の責任は少なからずあるとしている。先ほども論じた通り、欧州機関の助けがあり、オーストリアただ一つがルーマニア参加を拒否した。しかしオランダ以外にもスウェーデンやフィンランドも初めは参加を認めることに乗り気ではなかった。

ブカレスト大学政治学部長プレダ教授のオピニオン。フィンランドやスウェーデンも乗り気じゃなかったことを論じる。

これからの過程

ルーマニアは外交やロビーによって新しいシェンゲン加入のための場を設けることはできる。オーストリア政府の意思を変えさせるような動きもしようと思えばできる。しかしそのためには戦略が必要であり、その戦略を忠実に再現するための敏腕な政治家も台頭せねばならない。これからがどうなるかはまだわからないが、シェンゲン加入による経済的な利益は明らかであり、ルーマニアのシェンゲン加入が遠くないことを願う。


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