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ケリー・ライカート- ファースト・カウ (2020) First Cow

“The bird a nest, the spider a web, man friendship.” ウィリアム・ブレイク「地獄の格言」ではじまるケリー・ライカートによる西部劇以前の西部オレゴンでのつかのまのユートピアと抗いきれない資本主義の波を描いた長編7作目。公開はいつなのいつなのと言われていてようやく劇場公開にたどり着けてよかったね。と笑顔になったものの、ずっと映画館で映画を観る気にならず、ようやくあたしのからだもライカートのドーナツにたどり着けました。めでたしめでたし。インディペンデントとして活躍してきたケリー・ライカート。テーマにのぼる主人公たちも、王道では主人公にはならない映画の端っこに映る人物たち。そんなライカートがA24と組んだのは必然だよね!

あらすじ: 貨物列車、川、現代。犬と散歩する女性。犬がなにかに夢中になっているのを見てその女性は、そこに白骨があることに気が付く。夢中で掘ってみると、2人が寄り添っている形の白骨だった。そして、物語は、シームレスに1820年代、西部開拓時代直前のオレゴン・カントリー(現在のオレゴン州)へ遡る。アメリカン・ドリームを求めて未開の地にやってきた料理人クッキーが、雇われ主のためにひとり食材をもとめて森を彷徨っていると、物陰に隠れた素っ裸の男キング・ルーと出会い……。


冒頭からたいへんうれしい出会い方だった。カメラがすこし遠くにいる女性と犬を横移動で捉えるのは、「ウェンディ&ルーシー」であり、「オールド・ジョイ」だし。(ケリー・ライカートにとっては、犬もたいせつなキャラクターなんだよね、とニッコリする)そして犬がみつける白骨。掘り起こしてみると、2体の白骨が仲良く並んでいる。そして、女性は空を見上げて微笑む。その先には仲睦まじく飛んでいる2羽の鳥たち。そこからなんの説明もなく、手元が映し出されるが、それが男性であること、これからの主人公になることを伝えるものすごいシームレスな繋ぎ方のオープニングだった。手の主ことクッキーは、ひっくりかえって動けなくなったトカゲを、(誰も見ていないのに)元の位置に戻してやる優しいアクションが挟まれており、荒くれ者たちのケンカっぱやさをみるや逃げ出してしまうような、当時の「男らしさ」からはかけ離れた料理人クッキーの心の底からの優しさが滲み出ている、ゆえに生きづらさを抱えているし、強欲が必要なアメリカンドリーム獲得者にはならないのだろうなと思わせられる。(でも、ほんとうはこういうひとたちがいっぱいいたんだろうな・・・)食料がつきそうななかで、雇い主たちはイライラし、クッキーはひとりで食料調達に行かされる。その先で出会うのがロシア人を殺してしまったがために追われている素っ裸の中国人キング・ルーなのだけど、素性も知らない男を信頼し、すぐに食料と水を用意したうえに、荒くれ者たちと場をともにするテントのなかで眠らせてあげるというお人好しぶり。このさきで、いったんルーとは離れ離れになるのだけど、再会したあと、ルーはクッキーがしてくれたのと同じように、食事・温かさ・避難所を提供するという「男らしさ」からはかけ離れた相互ケアの関係を築いていく。彼らがもとめているのは、「食事」と「暖かさ」と「寝床の心配のいらない自立への道」なのだ。それを阻むのは資本主義であり、「財がないと財が築けない」という残酷なルールが敷かれた現実(ゆえに、このあと「歴史はまだ追いついていない」というルーの言葉が皮肉だなとも思う。もう逃れられないほど資本主義という悪循環の消費するだけの歴史は追いついているよ)。ルーとの再会後、家に招かれたクッキーが「くつろいで。火をおこすから」と薪割りをしはじめたルーを尻目に、家の中をほうきではき、どこからか野花を摘んできて部屋を暖かさのある風景に変える微笑ましいシーンは、資本主義が入り込まないあいだのふたりの生活のユートピアのはじまりを描く素晴らしいシーンだった!

そして、オレゴンにはじめてやってきた牛をみたというクッキーが放った「牛乳があれば、おいしいドーナツが作れるのに……」というインスピレーションに力をえて、ふたりは牛乳を夜中に絞って盗み、ドーナツを作って売ることでのしあがろうとする。銃も暴力もなく描く西部劇。ライカートはもともと古典映画のジャンル解体が得意だけど、ここでもしっかりと解体してくれていた。そのうえで、優しい男クッキーと中国人というルーツゆえのルー、どちらも疎外されたものではあるが、ここでは雌牛の乳を絞って財をなす、という資本主義の循環に巻き込まれてしまっていくのが皮肉だ。ふたりは金持ちたちや荒くれ者に搾取されているように見えるが、他人の雌牛を搾取するし、雌牛は搾取され続ける(いちばんのヒロインは雌牛だよね)。そもそもネイティブアメリカンの土地に居座るアメリカ人・イギリス人たちという構図がすでに搾取の循環に絡んできているのだけど。だからこそ、築かれたユートピアは、男たちの「ヴァルネラビリティ」を放っておかない暴力が入り込んできた瞬間(外でドーナツを売った瞬間)に壊れてしまう。その壊れやすさ・危うさは、4:3の狭いスクリーンの閉塞感が際立たせていたようにも思える。最初、粗末だった家がアップデートされ居心地のよい場所(避難所)として機能していた彼らの家も、無惨にも破壊され(その家の破壊を外側からしか見せないのはライカートの優しさのように感じる。耐えられない!)、彼らがつかのま抱いた避難所をつくることの夢(ささやかなアメリカンドリーム)は、消え失せてしまう。それでも、ふたりに残るのは、資本主義を打ち負かすのは、「友情」=(相互ケアが可能な)関係性なのかもしれない。

⚫︎作品データ
First Cow、2020、アメリカ、122分
監督:ケリー・ライカート
出演:ジョン・マガロ、オリオン・リー、トビー・ジョーンズ、リリー・グラッドストーン


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