第百七十五回 Gt 虎|MOVIE TORAVIA「ジム・キャリー論」

本題に入る前に、前回ちょっと話した「THE FIRST SLAM DUNK」が、年が明けて未だに劇場公開されててヒットしてますね。

「THE FIRST SLAM DUNK」(2022)

韓国でも大当たりしてるらしいじゃないですか。
もう非常にもったいない!なんで年末に公開したのか。
前回も話しましたけど、これは公開時期が年末じゃなければ、もっと爆発的にヒットしてたのにって思いますよね。
きっと映画の制作チームはここまでヒットするとは思っていなかったんでしょうね。
原作はすごい昔のマンガだし、「まあパチンコ行ってるような世代の人達が観て喜んでくれたらな」ぐらいのイメージだったんだと思うんです。
だからああいう中途半端な公開日だったんじゃないかな。
でも公開してみたらそんなことなくて、「SLAM DUNK」世代じゃない層の人達までがたくさん観に来てる。
この映画の制作チームはそこまで読み切れてなかったんじゃないですかね。
それから、インド映画。また流行りだしましたね。
「RRR」は世界的に空前の大ヒットを記録して、あれがムーブメントを起こしてるようで。
僕もSNSのショート動画でこの映画のダンス動画をよく観かけます。
そのダンス動画がSNSでバズって、また人気に拍車をかけてるみたいですね。

「RRR」(2022)

今は日本でも踊ることが特別なことではなくて、ダンスが当たり前になってきたからこそ、こういうのがウケるんでしょうね。
そういうところもフィットしての人気なんだと思います。
そもそもインド映画って、なんであんな豪華絢爛なダンスシーンがあるんでしょうね。
自分が初めて観たインド映画は多分「ムトゥ 踊るマハラジャ」だと思うんですけど、あれも踊ってましたからね。

「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1995)

映画を観てると唐突にダンスシーンが出てくるじゃないですか。
そこが俺は、「どういうつもりで観たらいんだろう」ってなっちゃうんですよ。
ディズニー映画を観てる分にはまだいいんですよ。
唐突にダンスシーンが出てきても、「こういう世界観だししょうがないか」って思うんで。
俺はインドという国にあまり触れたことが無いから、映画の中で突然踊られちゃうと「どういうこと?」「なんだろう?」と戸惑ってしまうんですよ。
俺はインドっていったらインドカレー食うぐらいしか知らないんで(笑)。
「ダンスの国」というイメージは俺の中からは湧いてこないんですよ。
俺が知らないだけで本当はダンス王国なんですかね。
なんでインド映画は踊るシーンがあるのか、知ってる人がいたら教えてください。
ということで前置きはこれぐらいにして、ここからは今回のテーマであるジム・キャリーについて語っていこうと思います。
ジム・キャリーは元々はコメディアン出身の俳優なんですけど、単なるコメディアンではなくて、ちょっと特殊な人なんだろうなぁと思いながら毎回作品を観てるんですよ。
実際、出演している映画を観ても、例えば「フィリップ、きみを愛してる!」。

「フィリップ、きみを愛してる!」(2010)

この映画だったらLGBTQのこととか、「エターナル・サンシャイン」だったら恋愛と記憶の問題とか。

「エターナル・サンシャイン」(2004)

自分に置き換えて演じてる。
それを、ちょっとでもみんなに受け入れてもらえるような見せ方を映画の中で意識的にやってるように思えてならないんです。
みんなが偏見を持たないように、いい意味で彼なりにポップに演じてる気がするんですよね。
それぞれの監督がジム・キャリーに寄せた脚本にしてるとは到底思えないから、そこは、脚本に書かれてないことを自分の判断でやってるんだと思うんですね。
だからこそどの作品を観ても、タイトル以上に「ジム・キャリーの映画」になるんです、彼が出てる作品は。
そもそもお笑いって本当に難しいんですよ。
だから脚本家があんなにジム・キャリーらしいお笑いをセンスよく書けるはずは無くて。
それが書けるのはジム・キャリー本人しかいないはずなんです。
「あんなにうまいことセリフとか言い回しまでジム・キャリーっぽいものを毎回違う脚本家が書ける訳ねーじゃん」って、俺はいつも思いながら観てたんですよ。
だから多分、自分で脚本に手を加えてる人なんだろうなと思うんです。
日本でいうと、声優の若本規夫さんと一緒なんですよ。
あの人は脚本を貰っても、セリフを全部自分の言い回しに変えちゃうらしいですからね。
脚本を渡したら「全部俺の方で書き換えとくね」とか言うタイプらしいんですよ。
「もっと面白くしてやるから」って。
ジム・キャリーも同じようなことをやってるんじゃないですかね。
若本さんの場合、マジで「俺がやる」って言って、脚本のセリフをいじって、色々変えすぎて役名まで変えちゃうぐらいのところまでやるみたいですから。
そこまで全部自分でやっちゃいたいタイプらしくて。
ジム・キャリーも同じ匂いがするんですよね、感覚的には。
「俺がこれを演じるならこうなる」みたいなものが強い人なのかなと思いますね。
ただ単に監督が考えた作品に出るというのではなくて、ジム・キャリー自身がそのストーリーに対してめちゃくちゃ入っていってる。
だから化けるんですよね、映画が。ただ演じるだけじゃないから。
そこがいい俳優だなと俺が感じるところです。
ただ悪く言えば、ジム・キャリーを出しちゃうと「ジム・キャリーの映画」になってしまうというのもありますけどね。
だからもしかしたら制作者サイドとしては使いづらい俳優なのかなとも思います。
ジム・キャリーをチョイ役で使って映画に出すのって、立ち位置的に相当難しいと思いますから。
ジム・キャリーを使うなら、主役か相当キャラが立っている脇役じゃないと置き場所が無い。
だから総合的にいうと“色物”ですよ、ジム・キャリーは。
とんでもないクラスの色物だと思う。
脇役というところでいうと「バットマン フォーエヴァー」。

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