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夜をほどいたキャベツ炒飯とビール #夜更けのおつまみ

時刻は丁度0:00。私の終電は間もなく終わるが、そんなことは気にも留めていなかった。連日家に帰らない娘に呆れた母親は、もう連絡をしてこない。大学4年生、私と友人の2人は、すっかり手放していたはずのギターとベースを各々抱え、曲作りに没頭している。
 
大学入学時に軽音サークルをいくつか見学にいったが、いずれもキラキラしていて近寄れず、新入生歓迎会ではひとこともしゃべらずに出てきてしまった。カラーの入ったまつエクに唇を真っ赤に色付けした4年の先輩が「テレキャスター、一緒だね!」と話しかけてくれたが、持っているのが1万円でアンプと一緒に買える初心者ギターだったから、私は薄ら笑いを浮かべて下を向く。4年間ずっと初心者なのかこの人は。なんて思ってしまったのだ。自分でもあきれるくらい否な奴だったと思う。だから大学校内で楽器を持ち歩くことは叶わなかった。
 
軽音サークルには入れなかったが、代わりに似たような経験をした友人が出来た。「音楽やりたいけど、なんかマジで友達できなかったな」髪型と服装はやけに派手なくせに、友人は小さな声でもしょもしょと呟く。いつだって私たちは生きるのが下手くそだ。けれど時々、こうして同じ石に躓いた人と目が合ったりするから、神様は案外いいやつなのかもしれない。
 
大学4年生になった時、学祭の音楽ステージが一般公募しているという情報を耳にした。一度は立ってみたかったし、私たちの灰色の青春も終わりの足音が聞こえてきていたから、思い出作りに応募してみることにした。
 
私はギターと歌を、友人はベースを担当して一曲作り、それを音楽家の兄にレコーディングしてもらう。調子にのってPVまでくっつけて、締切の2時間前にCDとDVDを実行委員会のポストに投げ込んだ。そしたら間もなくして「選考通過通知」が届いた。というか届いてしまった。編集の力が私たちをステージまで持ち上げてくれたのだ。プロってすごいね。これってズルだよね。自分たちじゃないみたいにかっこよくなった曲と通知の紙を前に、私たちは大笑いした。
 
 
そんなわけで、持ち時間は20分。ズルでも嘘でも受かってしまったステージはやってくる。手持ちは1曲しかないため、残りの4曲をつくるために泊まり込み合宿の真っ最中なのであった。一般公募枠とはつまり、学外のプロのバンドが出る枠である。迫る当日と伴っていない実力に、私たちは少しずつ余裕をなくしていく。
 
「うんうん、これはおもしろいかも」
「うーん、これさっき使ったよね」
「あれ、これどっかで聞いたことあるな」
「いや、ハイスタじゃん…」
 
ない知識と脳みそと、素晴らしい先人たちの音楽のツギハギ作業で、時間はあっという間に過ぎていった。重くなった頭に、スカスカになったお腹からのシグナルが重くのしかかる。
 
 
 
「もうだめだ。ねむいと腹減ったしか考えられない」
 
 
 
ギターをお腹に乗せたまま、バタリと後ろに倒れこんで目を瞑る。本格的に間に合わない気がしてきたが、もう何にも思いつかんのだ。ああ、逃げてしまいたい。
 
 
 
「よし、飯にしよう」
 
 
 
集中の糸をほどく一言を、ついにベースが口にした。気が付けば、サラリーマンのフルタイムくらい同じ姿勢で楽器を握っている。久しぶりに立ち上がったらお尻がべらぼうに痛かった。
 
 
冷蔵庫の中には、使いかけのキャベツ、ハム、卵。それから、やたらと存在感のある大きな缶『味覇(ウェイパァー)』。そこにキッチンの収納棚に積んであったサトウのごはんを並べると、友人は深く頷いた。
 
「漢の逸品。炒飯だ」
 
 
慣れた手順でフライパンに具材を乗せ、シンプルな炒飯があっという間に完成した。雑に2つのお皿に盛られたソレは、ホカホカと湯気を立て私たちの鼻を通り抜ける。どんよりと重くなっていた空気は、温かくて美味しい香りで浄化された。
 
テーブルには、それと1本の缶ビール。グラスに1杯ずつ注がれる。一瞬「え?」と思ったが、グイッと1杯やりたい…!という気持ちが高まってしまい、口をつぐんだ。
 
 
「「いただきます!」」
 
 
一口食べたあと、私たちには自然と笑みがこぼれた。お腹が満たされた頃にゴクッと飲んだビールは、今まで飲んだどのビールよりも美味しく感じる。
 
 
「そういえばさ、こないだチャットモンチーのDVD買ってさ、あの曲がすごいカッコよかったんよ。意外とむずいんよ」
 
「いいね。ちょっと弾いてみてよ」
 
「これ、メロディ知らない人が聞いたらどんな感じになるんだろ。ちょっと適当に歌ってみてよ」

 
 
人間というのは、時にまじめになりすぎない方が、うまいこといったりすることもあるようで。

夜更けの炭水化物は、私たちの立派なおつまみとなり、笑いながらした会話は、翌朝へんてこな曲として形になった。

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