泣いてもいいよ


僕は元々涙もろい性格だった。

ただ、それはいつも誰かのための涙だった。子供や動物が旅する映画では必ず泣き、最近では友達の結婚式で泣き…

そう、大抵は誰かのための涙だった。

時々一人で泣くこともあった。何かできないことがあれば悔し泣きをしたことだってある。ただ、人前で、自分が辛くて泣くことなんて、一度もしたことはなかった。

詳しくは、人前で泣きそうになったことがあるけれど、どんなに目がウルウルしたとしても、決して涙は流さなかった。

そんな僕が君と出会った。

月並みな言葉だが、君は「初めて会った気がしない」人だった。

仲良くなってから、よく散歩をしながら色んな事を話した。仕事のこと、友達のこと、そして家族のこと。でも時々、夢や不思議なことについて。

僕より大きいし、全然好きなタイプでもなかったし、どちらかというと苦手なタイプだった。ただ、どこか懐かしい空気がその人を包み込んでいた。

何を話しても飽きなかった。それは君も同じだと言ってくれた。よく僕たちはお互いに「きっと前世は兄弟だったんだろうね」と言い合った。今になって思えば、「恋人」という言葉を使わなかったのは、きっとお互いを大切にしたかったからなのだと思う。「恋人」という言葉を使ってしまうと、ある程度の覚悟とか、不安定な終わりが予期されてしまうような気がしたから。

たぶん、そいういった雰囲気をお互いに理解して、僕たちは「丁度いい距離」を保っていた。だから僕たちは「兄弟だった」という表現を、事あるごとに使っていたんだと思う。

お互いに初めて会った気がしないと思っていた事も話していたし、これまで誰にも話したことのないような「秘密」も、僕たちは共有した。


僕たちの関係は、そんな関係だった。


ある時、君が僕のために泣いたことがあった。それはそれは、嗚咽交じりに、大人げなく泣いていた。たぶん僕がそれ程可哀そうだったんだろうと思う。それを見て、僕はとても困ってしまったのだが、勝手に涙が流れていた。

「やめてよ、泣きたくないよ。人前でなんか、泣きたくない。大人なんだし、格好悪いよ。」

僕はそう言って必死で涙を拭った。そうすると君は、

「大人だって、泣きたくなることもある。だから、今自分のために泣いてあげてもいいんだよ。」

と言ってくれた。今まで、色んな人と出会ってきたが、この時ばかり

「自分のために泣いてもいい」

という言葉がすんなり入ってきたことはなかった。格好悪い自分を見せるのは嫌だったが、色んな気持ちがぐちゃぐちゃになってしまっていて、感情のブレーキがきかなくなっていた僕は大声で泣いた。

「悲しいよ。僕は今本当に悲しいんだよ。」

嗚咽交じりでその人の腕の中で泣いた。大きな腕が僕を包み込んでくれた。君のあたたかさを感じた。こんな事は初めてだった。でも、君の前で自分のために大泣きした後、僕はそのまま眠りについてしまった。


君はもうここにはいないけど、僕の周りの人が泣くべき時に遭遇する度

「泣いてもいいんだよ」

と言うようにしている。それは、僕自身がその君のことばで救われたから。

そして、その言葉と一緒に、大切な気持ちを込めて、そっと抱きしめる。


蠍凛子


#君のことばに救われた


「表現・創造すること」は人間に与えられた一番の癒しだと思っています。「詩」は、私の広い世界の中のほんの一部分です。人生には限りがある。是非あなたの形で表現してみてください。新しい世界に出会えます。