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ほんのわずかな山行記録 12

かわいいオコジョ
好奇心旺盛でしばらくうろちょろしてた

鳳凰三山縦走ラスト

朝陽を浴びながら稜線を進む。

快晴無風。人はまばら。

気持ちいいとかありきたりの言葉では表現できない爽快感。

周りの景色を堪能しながら悠々と歩く。

陽も高くなり、劇的な眺めを堪能できる時間は過ぎていた。

クライマックスは過ぎ、あとはゴールに向かって淡々と進んでいくのみ、、、この時はそう思っていた。


間もなく観音ヶ岳に着くというところで、大きな岩と地面の隙間に咲くタカネビランジを見つけた。

花は指先に隠れるほどの大きさだ。

雄大な自然の造形が広がる一方で、小さな小さな植物が岩陰で生きている。

生きていくための知恵、なんて簡単に言うけどここに至るまでに長い間進化し続けてきたに違いない。今は岩陰にひっそりと咲いているが、100年ほど経てばまた別の場所で生きているんだろう。

南アルプスという巨大な山塊の前では、人間もこの花も全く同等の存在だ。

ちっぽけすぎる存在。死のうが生きようが大したことじゃない。

なーーーんてことを考えてしまうほど五感がビンビンに働いているのを感じる。

しばらく花を眺めていた。

登山者を見送るタカネビランジ
人間もちっぽけな存在だ

程なくして観音ヶ岳に到着した。

相変わらずの快晴無風でじりじりと焼かれるのが分かる。2840mでもかなり暑い。ここで短く一本取ってまた先へ進む。

いよいよ鳳凰三山のシンボル、オベリスクと呼ばれる自然が作った岩のオブジェに向かう。

少し藪漕ぎをして歩きにくい急坂を下ると砂礫の広場、賽の河原に出る。
賽の河原は傾斜がついた広場で、傾斜を登りきったところには石でできた小さなお地蔵さん?が並んでいる。

そして、そのすぐ横にはオベリスクがそびえ立っている。地蔵ヶ岳だ。
まるで何者かが緻密に計算して積み重ねたような岩の造形。これが自然にできたものとは本当に不思議だ。

登山者の中にはオベリスクの先っちょまで登る人もいるそうだが、この時期は午後になると天候が急変することが多く、できるだけ早く下りたいのでまたいつか。

しかし、どうしようもなく腹が減ってきたので赤抜沢ノ頭まで登りかえして飯を食うことに。
それにしてもこの暑い中、ラーメンしかないというのはつらい。汗だくになって麺をすする。

三山最高峰の観音ヶ岳
シンボリックなオベリスクが有名な地蔵ヶ岳
斜面に寝転がって日光浴をする人も
アカヌケサワノカシラ
青が青い!
あたりはガスが沸き出している
このころはまだ余裕の表情をみせるわたし

鳳凰三山は終了したが高嶺という小ピークがあり、そこまで行くと登りはすべて終了。あとはひたすら下るだけだ。いよいよ「ガニ股下山」を試す時が来た。もちろんここに至るまでにも下りはあったけど、ガニ股下山はとりあえず有効のようだ。つま先から降りるのでふくらはぎの負担はかなりだけど、それは今後も継続することで筋肉がついてカバーしてくれるでしょう。何よりヒザが痛まないように下山することが重要なのだ。

高嶺の狭いピークに着いてあたりを見渡すと、谷底からガスが上昇してきていた。うーん、これは急がないとな。とりあえず樹林帯まで急ごう。この時、10時10分頃。ヒザに問題なければ3時間程度で下山できるはず。計画通りだ。ぱっぱっと写真を撮ってとりあえず下山だ、、、といきたいところだが高嶺の直下が異常に厳しい。いわゆる崖のようになっていて岩場にしがみつきながら慎重に、ゆっくりと降りる。

下降後、少しだけ稜線を歩くと下降点に到着。ここからゴールの白鳳峠入口まで1200mを一気に下る。すでに辺りはガスに覆われており、視界が悪い状態に。幸い登山道は明瞭で迷う心配はなかったが、いつ雷雨が始まるかが心配だった。そんな空模様だ。

程なくして樹林帯の中に入った。ほっと一息ついたのもつかの間、白鳳峠に着いて分岐をさらに下ると高い樹木がなくなり大きな石や岩が転がるゴーロ帯と呼ばれる斜面に出る。その先にはまた樹林帯が始まっているが、足元が安定していないので歩きにくいのなんの。なかなか樹林帯にたどり着かない。

白鳳峠はそっけない
この分岐を左へ下る
樹林帯から出るとゴーロ帯がはじまる

あたりは徐々に暗くなり今にも雨が落ちてきそうだ。焦ってばかりでなかなか樹林帯に入ることができない。それでも何とかもうすぐ樹林帯だという所まで来たその時。ン?眼鏡に何かついた。あーっ、きたよ、ついに雨が。急げ!とばかりにもう目の前だった樹林帯に逃げ込み巨大な倒木を屋根にして雨具を着た。ふ~、間に合った。この時は、これでもう大丈夫だ、2時間後には広河原インフォメーションセンターでのんびりしているはずだ。そう思っていました。
が、、、ここからとんでもない苦行が始まったのでした。
天候はいったん小康状態になり、私の気分も少し上向きになったのですが、それもほんの束の間でした。これから起こることのために雲がエネルギーを溜めていたのでしょう。程なくするとまた雨が降り出し、勢いが増していく。そのうちザーザー降になり、ウヒャ~などと思っていたその時、、、

「どっ!!!ごぉぉぉぉぉんんん…」


体が吹っ飛ぶのではないかというような凄まじい炸裂音が森に響き渡った。

あまりの爆音に体がビックゥッ!っと跳ね上がり思わず肩をすくめた。

「やっべ、雷だよ!」

光は届いていないのですぐ真上ではないと思われるが山に響いているのだろうか、とんでもなくバカでかい音だ。

さらに雨脚も強くなる一方で、いわゆるバケツをひっくり返したような状態に。雷鳴もずっとデカい音でバリバリ鳴りっぱなし。

そして森の中で一人っきり。

こえーな~。落ちてくんじゃねーぞ~。

段差が大きくて歩きにくい森の中を焦りながら下りていくが、徐々に勾配がきつくなってきて一足一足いちいちもたつく。
気がつけば登山道は滝のように水が流れ落ちる「沢」状態に。

当然ぬかるみもひどく、なるべく安定した体勢を維持しながら足を置くよう心掛ける。


「こりゃやべぇ…」


この時、一時的にタープを張って雨をやり過ごすかどうか考えたが、通り雨かどうかの判断ができない。1時間半ほど我慢すれば登山口に着くはずだ、たとえそれをオーバーしたとしても時間はたっぷりあるから慎重に下りれば大丈夫だ、という判断をした。

とにかく、一歩一歩、木の幹や枝をつかみながら慎重に足を置いていく。

この動きを延々と繰り返していく。

これしかない。

それにしてもなんて歩きにくい道なんだ。問題は沢状態だけでなく、登山道そのものだ。勾配がきつく足の置き場にいちいち困る。一歩一歩慎重に足を置いていくので精神的な疲労はハンパない。

もしバランスの悪い状態で軸足をすべらせでもしたら転倒は必至。この段差での転倒は行動不能になるケガの可能性も。場所によっては滑落の危険性もある。

まったく油断できない、極度の緊張を強いられる時間が延々と続く。


そうしていると雨はザーザー降りではあるが一時に比べればマシな状態に。
雷はどうやらおさまったようで、時折遠くのほうでゴロゴロ、、、と聞こえる程度になってきた。

時間もずいぶん経過したように思えたのか、まだかな~、まだかな~とゴールを待ちわびるような精神状態になってきていた。

そうやって下っていると下のほうから話し声が聞こえてきた。
雨音が邪魔で明瞭ではないが確かに人の話し声に聞こえる。

「あぁ!誰かいる!」

何人か分からないが複数の人が下にいるようだ。この状況で登ってくる人はいないだろうから先行者に追いついたんだろう。ということは一緒に下山できるということだ。

これがどれほどうれしかったか。
この時の自分以外に誰かいるという安心感は、全く気の抜けない状況であるにも関わらず表情を緩ませるほどだった。

早く追いつくために少しだけ急いで下りていく。

しかし、下れど下れど一向に誰も現れず気がつけば話し声は雨音に変わっていた。

「何?聞き間違いか?」

この時はあまり深刻には捉えず「何なんだよ~、よく考えたらこのペースで先行者に追いつくわけないんだから、人がいるわけねーだろ?」と自分自身を納得させることに努めた。

しかし、しばらくするとまた話し声が聞こえてきた。
性懲りもなく「今度はホントに誰かいる!」と少し進んで耳を澄ますのですが、やはり誰もおらず聞こえるのは雨音だけなのでした。

「お、おれ、、、もしかしてヤバい状態?」

極度の緊張と疲労、一歩間違えば、、、という恐怖心のせいでオカしくなっていたんじゃないだろうか。

「雨音が人の声に聞こえてる?」

雨音と言っても葉にあたる音、水浸しの地面に落ちる音、ウエアにあたる音、流れる音など色々な音があって、しかも距離によっても聞こえ方が変わってくる。そういう色んな音が聞こえている状態が長時間続いた結果、音が重なり合って1つのノイズになり、やがて話し声のように聞こえてくる、、、今思うとそんなことだと思いますが、あの時はヤバいと思いました。

そんなこんなで心身ともにクタクタになって歩いていると今度は、建物か何かわかんないのですが屋根?とおぼしき赤いものが見えたのです。
雨が見通しを悪くしているが確かに何か見えた、、、気がした。

「やった~~~、着いたよ~~(T_T)」

と、、、めちゃくちゃ安堵するのですが、いくら下っても建物はおろか、赤いものすらない。

「え~?なんだよ~見間違いか~」

さっきの最初の話し声と同様、あまり深刻に捉えずスルーしてしばらく行くと、また何か見えたので「あ?あれ、なんか建物だろ?今度こそ着いたぞ~!」ってな具合で嬉々として下りていくのですが、、、

やっぱなんもない…

イカン、イカン、イカン!


落ち着くんだ!焦るんじゃない!
時間はたっぷりあるし装備も問題ない。だからひたすら慎重に下りることに集中するんだ!


そう必死に自分に言い聞かせる。

そんな切羽詰まった状態で崩落しかけの所やいくつもの長い鉄梯子を下り、ひたすら下ってく。




そうやってどれくらい下っただろうか。

それまで遠くを見通せないほど密集していた木々が急にまばらになり、そのまばらになった隙間に濡れて黒光りしたアスファルトが見えた。

「しゃーーーーっ!」

今度こそホントに着いた。

白鳳峠登山口。

最後の下りを終え、アスファルトに足を置いた。

アスファルトに置いた足を確認し、振り返ってしばらくの間ボー然と下ってきた森をを見ていた。

結局、高嶺から3時間ほどの想定だったが4時間を要していた。

下りてからしばらく歩いたところ
呆然としていて登山口撮るの忘れてました
北岳は雲の中…

広河原インフォメーションセンターでインナーを着替える。ここで一息入れる。


クライマックスは最終盤に待っていた。こんな形で。
ハァ~…白鳳峠、恐るべし、、、
いや、自然の荒々しさこそ恐るべし、、、

というか、あの話し声とか赤いの見えたのとかって、いったいなんだったんだろうか、、、

冷静になればなるほど怖くなってきたりして、、、

あと、あの薬師ヶ岳に登った時の感覚。
薬師岳という場所は関係なくて、あそこに至るまでの色々なことがグゥ~っと圧縮されていて、たまたまあそこで解放された、、、という感覚が近いかな。

それにしても、あの時の感覚を思い出すと力がみなぎるような気がしてくるから不思議だ。

あのこみ上げる何かは何だったんだろうな~、、、

今回の鳳凰三山。
10年、20年経ってから振り返ってもきっと鮮明に覚えているんだろうな~、と思えるような、そんな山旅だった。

とまぁ、そんなことをぼんやり思いながら視線を落として椅子に腰かけていると、とんでもないことに気付いた。

あ?ヒザ、痛くなってない、、、


疲労のあまりガクガクではあるが、痛みが全くないじゃないか!

登山を始めてすぐに発症したヒザ痛。
以降、いろんなことを試したけれどいつも下山時には発症していたヒザ痛。

それが今回の過酷な状況で発症しなかった。

ガニ股の効果が一番大きかったのかもしれないが、禁煙とスクアット、つま先着地の徹底なんかもあっての成果だろう。

これは心底うれしかった。
さっきまでのつらさなどもうどうでもいい。

これでヒザ痛におびえることなくどこへでも行ける!

こんなうれしい事はない。

ありがとう山田氏、ありがとう谷川のおじさん!

よぉし、これでこれからさらに行動範囲が広がるぞ~、という喜びを噛みしめて初テント泊、初アルプスを何とか無事に終えたのでした。

ただ、、、翌日から日常生活に支障きたすほどの筋肉痛に苦しめられたのは言うまでもありません、、、

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