関係生物学(Relational Biology)とはなにか? 【Robert Rosen "Life Itself", ALife Book Club 6-3】

こんにちは!Alternative Machineの小島です。
ローゼン"Life Itself"の三回目として、自然科学のモデルが「状態+再帰」という構造にとらわれていること、そしてそれを超えるための手法である「関係生物学」をご紹介します。

前回は「生命そのもの」にせまるには基礎から考え直さないと、、ということで、「機械としてモデル化する」とはどういうことか、とくに「モデル化する」とはという部分を検討しました。

今回はモデル化部分を深掘りして、自然科学のモデルでよく見られる「状態と再帰」という考えと、それとは違ったパラダイムである「関係生物学」を見ていきます。

「状態と再帰」という描像

モデル化とは、自然システム(因果的エンテイルメントで動作)を形式システム(推論的エンテイルメントで動作)で再現するということ、として前回定義しました。

では実際にどのようにモデル化されるのか、ニュートン力学(古典力学)を例として見てみようと思います。

ニュートン力学

ニュートン力学の世界観では、ありとあらゆる自然現象は、原子、分子といった小さな粒で担われていて、現象の違いはその配置だけで決まります。森羅万象を表現するためには、各つぶつぶの位置さえわかればよいのです。
よって、このたくさんの粒の位置(時刻tでの位置座標のことをx(t)と書くことにします)が自然システムの内実であり、これが形式システムで捉えられればモデル化が完了したことになります。

もうすこし精密にするなら、自然システムではある時刻tの状態x(t)が、因果的エンテイルメントの結果として、例えば時刻t+1にはx(t+1)という別の値に変化していきます。この変化を形式システム内で表現することを考えます。

そこで重要なのは、x(t+1)の値を得るためにどのような情報が必要か、ということになります。

テイラー展開

さて、ここで考えていることを整理するために、ローゼンが上げているもう一つの例、テイラー展開に一旦触れさせてください。

テイラー展開とは、どんな関数f(x)も多項式(x,x²,x³など)の足し算で書けるというものです。これがすごいのは、f(x)という関数を決めるのに全部のxでの情報が必要そうなのに、じつはある特定のxでの情報さえあればいいということです。テイラー展開の式を見てもらえばわかるのですが、あるxでの(k階)微分さえ計算できれば、全xで使えるf(x)が構成できてしまいます
(正確に言うと、f(x)が無限階微分可能であるといった条件は必要ですが。)
つまりある特定のxでのk階微分だけが必要な情報で、他のxでの値はその情報をもとに計算できるものとなります。
ローゼンはこの必要な情報(ここでは特定のxでのk階微分)を状態(state)、そこから他の情報を逐次引き出してくる手続きを再帰(recursion)と呼んでいます。

ニュートン力学での状態と再帰

同じような構造がニュートン力学にも見られます。

こちらの場合では(テイラー展開とは異なり、すべてのk階微分は必要なく)、2階微分までで足ります。つまり、(x(t),x'(t),x''(t))(位置、速度、加速度)が状態となります。そして、運動方程式(ニュートンの第二法則)が再帰の手続きに相当します。

これを組み合わせれば、各粒の位置x(t)がどのように変化していくかが計算でき、位置の時間変化という自然システムでのダイナミクスが形式システム内で表現できたことになり、すなわちモデル化が完了したことになります。

違う描像:関係生物学

ローゼンは、自然科学でのモデルは基本的にこの「状態+再帰」という構造を持っているし、そこにとらわれていることによって、生命が記述できなくなっていると考えました。

そこで別の方法論として考えたのが関係生物学(Relational Biology)です。

これの提唱者は、ローゼンの師匠にあたるラシェフスキということになっています。
(ローゼンはラシェフスキの業績が過小評価されていると書いています。僕はこの人聞いたことがなく、しかしwikiをみる限りでは、たとえばニューラルネットワークの祖だったりと重要な業績がありそうで、ローゼンの言う通りなのかもと思っています。興味ある方はぜひ調べてみてください。)

では関係生物学は、さきほどの状態+再帰モデルとどう違うのでしょうか?

状態+再帰モデルの典型例、ニュートン力学ではいろんな現象も細かく見れば原子・分子の動きに還元できると考えていました。つまり、マクロな構造を考える代わりに、個々の物質の動きだけ考えようというわけです。
このアプローチは、すなわち「物質を保ち、組織を捨てよ」("throw away the organization and keep the underlying matter")とまとめることができます。

一方の関係生物学のモットーは「組織を保って、物質を捨てよ」("throw away the matter and keep the underlying structure)です。

このアプローチでは、何で出来上がっているかという物質的な詳細はむしろ気にしません。それよりも、それらによってどのような構造ができているかこそが重要だと考えるのです。

とはいえ、これをどう構成していくのかは全然自明ではありません。

ここで重要となる概念は構成要素(component)です。
ニュートン力学では、まず原子・分子ありきで、そこからいろんなものが組み上がっていました。一方関係生物学では、組織内の関係性から構成要素を決定したいと考えます。

そこで、なにかを取り除いたときに組織に影響が生じたならば、それを構成要素と考えることとし、ここで生じた影響から類推される構成要素の役割を機能(function)と定義しました。
このように、組織における関係性から物事を理解しようとするのが関係生物学なのです。

さらに構成要素間でどのような影響を及ぼしていくかを考えることで、より複雑なシステムを取り扱っていくことができます

本書には、たくさんの矢印の図があるのですが、それはまさにこの構成要素間の影響をあらわすものとなっています。
(また、ここの部分によって圏論と接点をもつこととなりますが、あまり深入りしないことにします。)

次回予告:「機械」とはなにか?

というわけで、今回はローゼンが導入した新たなモデル化である「関係生物学」を紹介しました。

これをふまえ、来週からはついに「生命は機械としてモデル化できない」ということの真意に迫っていきます。
とはいえまだもう少し準備が必要で、シミュレート可能(simulability)という概念と、それに基づいた「機械」の定義から入っていきます。

来週もまたぜひご覧ください!

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