20秒小説『喰う女』

 小さなフォーク、最後のひとかけらに刺さる。男は見守っている、スポンジとクリームの小さな三角形が彼女のルージュを掠め消え咀嚼微笑。フォークが皿の縁に置かれ、時が動き出す。

「ケーキ、どうだった?」
「とっても美味しかったわ」
「そのぉ、何か変わったところはなかった?」
「変わったところ?」
「えーとつまり、何か入ってなかった?」
「クリーム?苺のスライス?」
「違う。白状するよ。僕は今日、君にプロポーズするつもりで、お店に頼んでケーキの中に指輪を仕込んでいたんだ」
 彼女が両手で口元を覆い目を見開く。
「でも手違いがあったらしい……何というか、その、すまない」
「いいの、謝らないで。たしかに今まで食べた指輪の中では一番安っぽい味だったけど、小粒ダイヤのこりこりとした歯ごたえが楽しめたし、淡白な風味が濃厚なクリームとマッチしてとても美味しかったわ」

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