見出し画像

4分40秒小説『先端依存症』

 ”先端恐怖症”の逆をなんと呼ぶのだろうか?先端愛好家?いや、愛好家なんて生易しいものでは釣り合わないだろう――少なくとも私の場合は。
 ”先端触れたい症”とでも名付けようか?とにかく私は、先端を見ると触れたくて我慢できない病気なのだ。
 先端は尖っていれば尖っている程良い。針、ペン、アイスピック、ウニ、包丁、ハリネズミ、嗚呼、*、☆、/、心拍数が高まる。
 よく誤解されるのが、刺さりたいわけではない。痛いのは嫌だ。むしろ人一倍に嫌だ。実は以前私は、先端恐怖症だった。それを克服すべく心療内科に通っていたのだが、先生が名医過ぎたのだろうか?恐怖心が反転して先端を過剰に好ましく感じるようになってしまった――というわけだ。

 恐怖症の時には、「世の中には尖ったものが溢れている」と怯えていたが、今は、「尖ったものが少なすぎる」と欲求不満で悶々としている。私を満足させてくれるような鋭利な先端に出会うことは、日常生活では皆無といってよい。安全対策か何か知らないが、日用品なんかはまず尖っていない。仕方がないのでポケットに安全ピンを忍ばせている。
 煙草を吸うように、トイレに籠って針を触る。深く息を吸い、視界がバラ色に染まる感覚にくらくらする――嗚呼、止められない止まらない。先端中毒――そう呼ぶのが適正なのかもしれない。

――――――――――――――――

 電車に乗っている――吊り革を強く握り締め欲望と戦いながら。豊満なOLの胸?初々しい女子高生の尻?そんなものには関心が無い。私を誘惑しているのはそう、先端だ。
 傘の先っちょ、カッターシャツの襟の角、ランドセルから飛び出した定規、普段であればそれ程そそられない先端に過敏に反応してしまう。もう20分以上先端に触れていない。体調の影響か?禁断症状で手が震えてきた。まさかここで安全ピンを触るわけにはいかない。仕方なくポケットの中でキーの先端に触れ耐える。だがこんななまくらな先端では、余計にフラストレーションが溜まるばかりだ。

 おっさんが口に咥えた爪楊枝、ギャルの耳にぶら下がる十字架のピアス、若者がハードに固めたつんつんヘアー、触りたい!駄目だもう限界が来た!次の駅で降りてトイレに駆け込むか?うん、そうしよう。会社には遅刻するけど仕方ない。と覚悟を決めた瞬間私は、見てはいけないものを見てしまった。

 ガッシリ体型、マスクをした男性、頭から尖ったものが飛び出している。あれは――角?いや、そんなはずはない。角が生えている人間なんているはず――でも角だ、どうみても角だ。

 角――脳裏に文字を浮かべる。先端の多い文字、想像するだけで興奮する。私の理想の先端の一つ――それは角だ。求人サイトで”闘牛士”と検索する程、私は角に焦がれてる。
 それが、目の前にある。1本生えている。七三の髪の分け目からにゅっと。2本ではないってことはこの人――鬼ではないだろう。
 いや、そうとは言い切れない。鬼なのかもしれない。もしこの人が鬼だとしたら、きっととんでもないことになってしまうだろう――私が角に触れたら。
 かといって、「角、触っていいですか?」なんて聞けない。いや、でも一か八か聞いてみようか?人の頭に生えた角に触れる機会なんて、この先巡ってこないだろうし。今触らないと一生後悔することになる。そうだ!

 私はスマホに文字を打ち、そっと角男に見せた。

*****************
次の駅で降りてください。
そして角に触れさせてください。
触らしてくれたら2万円差し上げます。
*****************

 角男は暫く私の顔を凝視し、小さく頷いた。

(やったー!)

――――――――――――――――

 電車を降り、話しかける。
「トイレに行きましょう」
「トイレ?」
「ええ、人に見られたくないので」
「はー」

 個室に入り手招きする。角男は逡巡している。私は財布からお札を2枚取り出し、角男に差し出す。男は方眉を上げ、溜息を吐き、お札を受け取り個室に入って来た。

「じゃあ、触りますね」
「……どうぞ」

 つん
 つん
 はぁ……はぁつ……角……角だ!本物の角だ!

 興奮した私は思わず角を強く掴み、引っ張った。

「何をする?!」
「この角ください!これさえあれば私は一生先端に困らなくて済む」
「やめろー」

 ぽろっ

 え?

 角が取れた。

「え?作り物?偽物なんですか?これ」
「本物だよ。どうしてくれるんだ?これからデートなのに!」

 男がマスクを取る。口を開ける。私は歓声を上げる。遂に出会えた――究極の先端。
「全然噛んでいいから、牙を、牙触らせてくれー!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?