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1分30秒小説『組織におけるリソース管理の重要性~蕎麦湯という共同資産に学ぶ』

 新人を連れて社屋の斜向かいの蕎麦屋へ。ザル蕎麦を二つ頼む。
「今日は俺のおごりだ」

 食後、急須のような容器を店員さんがテーブルの中央にとんと一つ。
「先輩、これ何すか?」
「蕎麦湯だよ。知らないのか?」
「香川にはないっす」
「いや、ないってことはないと思うけど……要は蕎麦のゆで汁なんだが、栄養素がたっぷり含まれてて体にいいんだ。結構いけるぞ」
「へー」
「実は俺はこれが好きでね。これ目当てにここに通っているようなもんだ」
「えーと、どうやって飲めばいんですか?」
「残った蕎麦つゆをだな、蕎麦湯で割って適度な濃さに――おっと、電話だ」
 
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「すまん、取引先からだった。で、蕎麦湯の飲み方なんだが――」
「もう飲んじゃいました。いやー、蕎麦湯って薄いっていか、あんまし味しないもんなんすねぇ」
 嫌な予感。蕎麦湯の入った器を持ち上げる――軽い。蕎麦つゆの器に注ぐ――ちょろっ。殆ど逆さまになるまで傾ける――てっ。仕方なく飲む。恨めしそうに睨み上げながら――。
「……無茶苦茶濃い。殆どつゆだ」
「そんなはずないっすよ!だって俺のは全然薄かったっすよ」

 俺はいがらっぽいのどに冷水を流し込みながら、彼に告げるべき第一声を模索する。

「お前の蕎麦湯の味が薄いってことは、俺の蕎麦湯が濃いくなるってことだ。そのくらいの理屈、分かるだろ?」
「え?なぞなぞっすか?」

 駄目だ。今この場でこいつに理解させることは不可能だ。
 俺はその晩、徹夜してpower pointで資料を作った。

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