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マナミ

「ねえ、僕のこと好き?」
ベッドで横になったタクミが、隣で寝ている私の頭の下のほうに腕を差し込みながら小さな声で問いかける。
私は顔をタクミの脇の下にくっつけるようにして、目を見ないで答える。

「うん、大好きだよ!」
「・・・宇宙が爆発しても好き?」
「うん、宇宙が爆発して、銀河が全部吹っ飛んでも、未来永劫ずっと好き」

できるだけ、心の奥底の本当の気持ちが伝わるように、私の存在全てを声に込めて答える。

「本当に?」
「本当に」

しばらく沈黙があって、私はぎゅーっとタクミに抱きしめられた。
やりとりに満足したのか、それとも本当に宇宙が爆発しても好きかどうか確かめるためか。
その後の言葉を待っていたが、タクミはそのまま眠ってしまったようだった。

タクミの静かな寝息を聞きながら、私は、自分が心から、本当に本気で
「宇宙が爆発してもあなたのことが好き」と言えた自分に、感動していた。

心から、嘘偽りなく。
未来永劫何があっても、あなたのことを愛している。

そう決めることができた自分に、安堵した。


「マナミは何が食べたい?どこがええかなあ。」
ミソジさんはそう言って右手で車のハンドルを握ったまま、左手で助手席の私の膝に触れる。
私はその左手の上に自分の両手を重ねて、それから手のひらで包み込む。
分厚くてざらざらしていてあったかい。
これがミソジさんの手だ、と思う。

ミソジさんの車は白いファミリーカーだ。
私は車に詳しくないから車種はわからないけど、後ろの座席が広くて、スライドドアで、荷物を置くところも広い。

車の中って人によって全然違う。
何にも置いてないシンプルな人もいれば、ぬいぐるみを置いたりお守りをつけている人もいるし、お仕事で使う人は仕事道具が溢れていたり。
計算し尽くされたディスプレイを感じさせる人もいれば、ミソジさんのように子どもがいる人の車はティッシュとかタオル、コンビニの袋がそこらへんに突っ込んであったりする。
会っているときには見えない、運転してる人の「いつも」が見えるのが面白い。

「そうだなあ〜。なんか久しぶりに美味しいもの食べたいな」
「なんやそれは。ええもん食べてへんのかいな。ほな西中の焼肉行こか」
「わーい!焼肉いいね。食べたい。行こう行こう」

ミソジさんは私が好きなお店をちゃんと覚えていてくれる。
西中の焼肉屋は、あんな狭くてごちゃごちゃしたところにあるのになんか広くて、老舗感があるのに堅苦しくない。店員さんもテキパキしてるし、若い人もお年寄りもいて、何より出てくるお肉が美味しい。なんというか、どっしり中身があると感じるお店なのだ。

パーキングに車を停めて、お店まで二人並んで歩く。
ミソジさんが先に入って、「ふたり」と店員さんに言うとテーブル席に案内される。向かい合わせに座る。

お高めな焼肉ランチセットに決め、私は生グレープフルーツ酎ハイ、ミソジさんはウーロン茶を注文する。

私はミソジさんと一緒にこの焼肉屋さんに来れたことに安堵する。
焼肉屋にいる私とミソジさん。
他の人から見たら普通の恋人同士か夫婦に見えるだろう。
でも私とミソジさんは恋人同士でも夫婦でもない。友達でもない。
じゃあ何?って言われても、わからない。
でも、たぶん、お互いに愛し合ってると思う。
だから、今ここに、一緒にいる。


ミソジさんと話していると、ときどき、全部嘘だなって思うときがある。
それは嘘だから嫌ということではなくて、かけてくれる言葉、態度、すべてがひとつの流れの中にあって、まるで映画の中にいるような、特別な時空間にいる感覚を覚えるのだ。
ミソジさんがプロデューサーで、ミソジさんにプロデュースされた流れの中に私がいる感じ。全部嘘だとしても私の五感からリアルな電気信号が出る。

ミソジさんは会社経営者で、Vシネ制作の下請けをしている。
親会社というか大元の制作会社が昔ながらの極道社会で、ミソジさんは仁義がものをいう世界で生きてきたらしい。

そんな世界では生き抜くためには嘘だって本気でつかなければならない。

でも嘘ってなんなんだろうなと思う。
相手だって、嘘とわかっていて信じるのだ。
じゃあそれは本当になるんじゃないの?

ミソジさんが私に向ける「愛してる」は全部嘘だってわかっている。
でも全部嘘だってわかっていて、私もその「愛してる」を受け取る。
何の打算もなく。裏もなく。そのまんま受け取る。

だって私が本当に欲しいのは、

今、私だけに向けられているそのまなざし
今、私だけにかけてくれるその言葉
今、私だけにふれてくれる手
今、私だけに使ってくれている時間

ふたりの間にある、肉を焼いた煙。
ジュージューという肉がこげる音。

それらの事実、今ここにある「事実」だけ。
私はその尊すぎる「事実」を信じる。


そんな恋愛むなしくない?早くまともな人と結婚しなよ、ずっと若いままじゃないんだよ、歳を取ったら後悔するよ、今のうちにいい人見つけないと、遊んでばっかりいたら適齢期過ぎちゃうよ。さみしい人生はしんどいよ。

それは何度も聞いたし、私もそう思っていたけど。
このままじゃだめだ、まともに生きないと、ちゃんとした人とちゃんとした人生をと思って頑張って頑張って頑張ったけど。

ある日、糸がぷつりと切れて。

動けなくなったとき、私は自分に問いかけていた。


私は相手に何を求めているんだろう?

相手の中に何を見てるんだろう?
何を返してほしいんだろう?
何を埋めて欲しいんだろう?

もし、何も足りないものなどなくて、埋めるものなどなかったら。

わたしが、本当に欲しいものは、何なのだろう??


その答えがわかったとき、相手の「愛してる」が欲しいだなんて、なんて欲どしいんだろうと思った。

もう、さみしいまま、つながればいいし
むなしいまま、思う存分満たされればいいと思った。

今、こんなに贅沢な瞬間はないのに。
欲どしいまま、「事実」を好きなだけ舐め尽くし、感じるだけでよかったのだ。
嘘か本当かなんて、そんなの私にしか決められないのに。


「お、焼けたで。食べ食べ」
ミソジさんがにこにこしながら網の上にあった牛タンを私の小皿にのせてくれる。
牛タンなんて久しぶりだ。というか牛肉自体久しぶり。

この牛肉が私の血となり肉となり、私の身体を作ってくれる。
その身体はタクミを生かす資本にもなる。
ミソジさんの愛は私を生かし、タクミを生かす。
いつかタクミも誰かの愛の資本となるだろう。

なんて贅沢な瞬間。
嘘でも本当でも、宇宙が爆発しても。
この愛は、未来永劫ずっと消えない。

「はあー、牛タン本当においしい。
幸せで死にそう。」


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