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フランス最高の王妃アンヌ(中編) 京大歴女のまったり歴史講座④

※有名なルイ14世の母・アンヌ=ドートリッシュ。歴史の陰に隠れた、彼女の波乱の生涯を辿ります。はじめての方は、「前編」からご覧ください。

○「奇跡の子」ルイ14世の誕生

1637年12月5日。嵐で外出予定が中止になったルイ13世は、偶然が重なって、たった一晩、王妃アンヌの寝室で過ごすことになります。

この一夜が、アンヌの人生を変えました。

結婚16年目、37歳ではじめての子供を授かるのです。

ルイと名付けられたこの息子こそ、のちのルイ14世。ヴェルサイユ宮殿を造営し、「太陽王」と呼ばれたフランス王の中の王の誕生です。

そしてこの時からです。自分の不幸を泣き暮らしてきた王妃が変わるのは。

我が子を守らなければならない。

その決意と自覚が、彼女の生き方を根本から変えたのです。

○暗雲渦巻くルイ14世の即位

息子を授かり、ようやくアンヌの人生に光が差したのはつかの間のことでした。

フランスの政治を束ねていた宰相・リシュリューが死去、そして後を追うように夫・ルイ13世が亡くなります。

新しい国王となる息子・ルイ14世はまだ4歳。対して、フランスの政治状況は、予断を許さないものでした。終わりの見えない三十年戦争、傾きかけた国家財政、権力の増大をもくろむ貴族たちの動き……。

アンヌの肩に、突然、重い責任がのしかかることになりました。

夫の臨終を看取った後、30分間、自分の部屋にこもっていたというアンヌ。

その時彼女は何を思っていたのでしょう。あるいは、最後まで自分を嫌った夫との生活に、自分なりの区切りを付けようとしていたのでしょうか。

一方、アンヌが摂政として政治を行うことに、宮廷の大臣たちは戦々恐々としていました。

彼らの多くは、死んだ宰相・リシュリューに取り立てられた者。そしてリシュリューといえば、アンヌの実家に戦争を仕掛け、彼女をスパイ容疑で告発した男です。罷免されても文句は言えません。

ところが、アンヌは大臣たちを誰一人罰せず、留任させました。それはとりもなおさず、実家・スペインとの敵対政策を継続するという意思表示の現れでした。

昔のアンヌなら、今すぐ実家との戦争を終わらせようと躍起になったでしょう。しかし彼女は当面、故国スペインとの戦闘を継続します。スペイン軍から決定的な勝利を挙げて、フランスに有利な条件で講和を結ぶためでした。

フランスは我が子の治める国。幼い息子のために、フランスの将来のためになにをすべきか。

それを、冷静に考えた末の判断でした。いわば彼女は、この時、心の底からフランスの王妃になったのでした。

○公私のパートナー・マザラン

こうした難しい政治状況に、アンヌはただひとりで立ち向かっていたのでしょうか。いいえ、決してそうではありません。

彼女の側には、実に有能なパートナーがいました。

ジュール=マザラン。イタリア出身の政治家で、死んだリシュリューに才能を見いだされた人物です。

幼い息子に代わって、摂政として国政を担うことになったアンヌは、ためらわず彼を政治面のトップに任命しました。

毎日顔を合わせ、共に山積みの課題に取り組む…。

そんな二人の間に、いつしか信頼関係を越えた感情が生まれていったのは、当然のなりゆきでしょう。

愛の無い結婚生活の末に、夫に先立たれたアンヌ。そして相手のマザランは、枢機卿(すうきけい)という聖職者の地位にあり、生涯、結婚は出来ない身の上でした。

ふたりがはじめて会ったのはいつか。あるいは、ふたりが惹かれあうようになったのはいつか。

実のところ、詳しいことはわかっていません。

ルイ14世はマザランの子、という俗説さえありますが、これは穿ち過ぎというもの。

アンヌが妊娠した当時、マザランは遠くイタリアにおり、二人の接触はありませんでした。

又、あの「スパイ容疑」事件以来、王妃の身辺の監視が、一段と厳しさを増したことは間違いありません。男性と接触出来る状態では無かったはずです。

ふたりが惹かれあうようになったのは、共にフランスを担う立場になり、互いをよく知るようになってから、と考えるのが、自然のなりゆきではないでしょうか。

○高まる貴族の不満、反乱の勃発

長年にわたる戦争で、国家の財政は火の車でした。

アンヌは自分の銀食器や貴金属を売り払い、兵士の給与に充てましたが、到底、まかないきれるものではありません。国内には不満が充満していきます。

国王ルイ14世はまだ幼児、政治を運営するのは母のアンヌと外国出身のマザラン。

こんな脆弱な王室を、国内の貴族たちが侮らないはずはありません。自分たちの権限の拡大を狙い、水面下で陰謀がはじまります。

彼らにとって最も邪魔なのは、なんといっても王妃を支えるマザラン。

ある夜、自分の寝室に戻ったアンヌは、枕の下に一通の手紙を見つけます。

それは、「マザランを解雇せよ。あなたがしないなら、我々の手で彼を解雇する」との脅迫状でした。

アンヌはもちろん要求を拒否、首謀者は逮捕されましたが、緊張は日増しに高まっていました。

そして1648年夏。一人の議員の逮捕をきっかけに、ついに、貴族たちの暴動がはじまります。

これに、生活が苦しい民衆たちが加勢して蜂起、パリ市内にバリケードを築き始めました。

以後5年にわたり、フランスを大混乱に陥れる内乱(フロンドの乱)の幕開けです。

押し寄せる反乱の火の手。息子のルイ14世はまだ10歳にも満たない少年。

人生最大の危機に、アンヌはどう立ち向かうのか?

続きはこの企画のラスト・次回の「後編」でお会いしましょう。


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