ショートショート『フィナーレおじさん』
おじさんはふいにやってくる。終わりを告げにやってくる。どこからともなくやってくる。スクリーンの中か、マジックバーでしかお目に掛かることのないシルクハットを被りやってくる。
現れる場所はジャンルを問わない。恋人とのデート現場、エレクトリカルパレード、漫才師の舞台中、どんな場所へもやってくる。
フィナーレおじさんはみんなの嫌われ者。だって高揚感に満ち溢れた気持ちを一気に転落させるから。フィナーレのタイミングはこちらで決めさせてくれ。皆一同におじさんのフィナーレ宣言に忌々しさを覚えていた。それでいて、フィナーレを心待ちにされるイベントに限っておじさんは来ない。寝癖を気にするほどの毛量を持たない上司からの説教、乾杯の音頭をとる人物を派手に指定する男がいる合コン、自分だけ先にビンゴになってしまった後のビンゴ大会、これらには決して現れない。
ある日誰かがおじさんに言った。
「おじさん、もう来なくていいよ」
おじさんは石膏で象った像のように表情を一才変えず、ただこちらに一礼して去っていった。
それからというものおじさんが現れることはなかった。それは歓喜すべきこと。のはずだった。
しかしそれ以降みな困窮した。イベントをいつ終えたらいいか分からなくなったからだ。誰も終わりを告げない。いつまでも締まらない。その内どんなに楽しいイベントにも飽きがくる。帰りたい。でも帰るタイミングが分からない。次第にあんなに楽しかったイベントに皆が苛立ちを覚え始める。誰も口に出さないが明らかに殺気立ち始める。
誰かが言った。
「フィナーレおじさんはまだ?」
しかしおじさんはもう来ない。我々に一礼したあの時がおじさんのフィナーレだった。
わざわざ読んでいただいてありがとうございます。 あなたに読んでいただけただけで明日少し幸せに生きられます。