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ショートショート『生きているゴミ』

 駅前で待ち合わせをしていると、目の前に置いてある二つ口のついたゴミ箱が目に入る。家庭用洗濯機ほどの大きさだ(ドラム式の洗濯機を想像したあなたは富裕層である)。それぞれの口の下に文字が書いてある。

 『生きているゴミ』
 『生きていないゴミ』

 ゴミを生命の有無で分別したことなど生まれてこのかたありゃしない。そもそもゴミに命なんてないから全て等しく『生きていない』のではないか。ちなみに『死んでいる』ゴミではなく『生きていない』ゴミとあえて否定系で記載しているのはコンプラを潜り抜ける小賢しい処世術とも読み取れる。

 「『死』なんて言葉不吉だわ!そんな文字が書かれたものを公共の場に置くなんて、全く非常識ったらありゃしない!」油断するとどこぞのご婦人が声を荒げる。

 一体『生きている』ゴミに分別されるものは何だろう。右手に持っていた、ついさっき飲み干したばかりの缶コーヒーを眺めてみる。これは『生きていない』で合っているだろう。だってスチール缶だもの。
 いや待ちなさい。物理的な話ではなく作り手の思いは考えましたか?思いが込められていたら『生きている』ことになるのです。
 いやいや所詮工場で大量生産されたもの。職人の手作りならいざ知らず、ガシャーンガシャーンと無機質な音とともに生み出されたこの缶に作り手の思いなぞ含まれてたまるか。これは『生きていない』ゴミだ。
 いや待ちなされ。万物には全て霊が宿るアニミズムという考えがあってだな。
 埒があかず結局私はゴミを捨てずに持ち帰った。後々聞いた話だが、あのゴミ箱が設置されてから渋谷に捨てられるゴミが80%減少したようだ。

わざわざ読んでいただいてありがとうございます。 あなたに読んでいただけただけで明日少し幸せに生きられます。