見出し画像

ショートショート『思春期ピアノ』

 恐れていたことが起きた。ついにうちのピアノが思春期を迎えたのだ。

 これまであんなに素直に奏でていたのに。今のあいつはというと、ドを押すとミを奏でたり、わざと半音下げたり、時には音を出すことすら拒否してくる。そんな反抗的な態度を取ったかと思いきや、お気に入りの人に対してはいつも以上に張り切って音を奏でてみせたりする。でもこれは育て方が悪かったわけではない。どのピアノにだって思春期は来るものだ。いつか過ぎる思春期を優しく見守ってあげましょう。ピアノ育ての標語である。ただそう呑気に待ってはいられない理由が私にはあった。

 来月ピアノの発表会があるのだ。この状態じゃとても練習なんてできたもんじゃない。私はすぐさまネットを開き、思春期ピアノの扱い方について調べてみる。スマホに「ピアノ 思春期」まで打ったところで、

 「ピアノ 思春期 期間」
 「ピアノ 思春期 困った」
 「ピアノ 思春期 対処法」

 といった検索候補が表示される。みな考えることは同じなのだ。私は同じ悩みを抱えているのが自分だけではないことを知り安堵した。ただ、提案されるどの記事を読んでも、「思春期のピアノにはなるべく干渉せず、向こうから心を開いてきた時には優しく接してあげましょう」と書かれているばかりで即効性のある対処法は見当たらない。

 ピアノに干渉するなと言われても。心の中で思わずツッコミを入れたくなったが、こういう態度が思春期のピアノの機嫌を損ねる原因となるのだ。私は自分を律し、我がピアノがある部屋の扉をそっと開けて隙間から様子を伺ってみる。

 するとそこには、「鍵盤を押したらいつでも奏でると思ったら大間違いだぞ。俺にだって自由に音を奏でる権利があるんだい。権利は尊重されて然るべきだ。」そんな敵対心を剥き出しにした態度でふてぶてしく居座っているピアノがいた。だいぶ重症だ。

 私はまるで何も気付いていないかのような白々しい態度を取りつつ、さっとトムソン椅子に腰かける。私はいつもより優しくタッチしてみせたり、YouTubeで好きな音楽を聞かせてみせたり、愛の言葉を囁いてみたりした。しかしいっこうに態度を変えてはくれない。粘り強く接し続けること30分。ついに叩いた鍵盤から本来鳴るべき音階が流れる。 

 「ようやく心を開いてくれたのね」と少女漫画風薔薇演出で喜ぶ私に、「悪いな、これ1オクターブ上なんだ」とタチの悪い嘲笑い方で反撃してくる思春期ピアノ。

 思春期のピアノを持つとホント大変だ。

わざわざ読んでいただいてありがとうございます。 あなたに読んでいただけただけで明日少し幸せに生きられます。