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演技派オペレーター

 みんなクリスマスってどう過ごしているんだろう。自分はというと、実家にいた時は自家製のパエリアとケンタッキーのチキンがテーブルに並び、ラジカセから流れるクリスマスソングをBGMに家族で食卓を囲むのが常であったが、実家を出て一人暮らしを始めてからは、からっきし行事行事したことは行っていない。過去10年分のカレンダーを見返してみたが、クリスマスの日に予定が書き込まれていたのは2013年の自動車教習と、去年のライブ手伝いだけであった。それ以外は他364日となんら変わらない一日を過ごしていたため思い返そうにも記憶に残っていない。去年ライブのケータリングとして出されたチキンを貪り食ったのが、この10年で唯一クリスマスと接点を持った瞬間だったかもしれない。
 今年はというと、俺は家でソフトバンクのオペレーターと会話していた。きっかけは、「そういや通信費の請求内容の詳細って今まで見たことなかったなぁ。」というふと頭に浮かんだ興味である。この「そういや」は時々訪れる。脳の仕組みは当然分からないが、前触れもなくこの「そういや」がやってくる。そしてこの「そういや」は自分にとってろくなことでないケースが多い。俺は光回線の契約時に案内されたソフトバンクのマイページを初めて開き、へーソフトバンクのホームページってこんな見やすくなってるのねと本来4年前に味わうべきだった感動を噛み締めつつ、お目当ての請求内容を確認してみる。するとそこには『光回線基本プラン』と書かれた同一の請求が二行記載されていた。どうやら今回の「そういや」も災難なパターンである。
 ホームページからオペレーター窓口の情報を確認すると、営業時間が終了する10分前だと判明し、慌てて電話番号をスマホに打ち込む。こういった通信会社のオペレーター窓口というのは、どうしても対人で怒りをぶつけないと気がすまないクレーマーや、いまだにAIチャットに対して便利さよりも煩わしさが勝ち続けている客で常にごった返しているイメージがある(実際、契約時にオペレーターに連絡した際はかなり待たされた記憶がある)。しかしクリスマスという日が幸いしたのか、待ち時間0でオペレーターに繋がった。クレーマーもクリスマスに限ってはこぞって街に繰り出すようだ。「待ち時間を避けたいならクリスマスにかけるべし」年一しか使えないライフハックを俺は身に付けた。

 「お待たせ致しました。」男性のオペレーターが活き活きとした声で迎えてくれる。
 「あのー、もしかしたら光回線の契約が二重契約になってないか確認したいのですが」
 「承知致しました。ではご契約者様のお名前と生年月日を教えていただけますでしょうか。」
 名前と生年月日を伝える。すると数秒後にため息混じりの声がスマホのスピーカー越しに届く。
 「あぁ、、、お客様、、、今お調べしたのですが、、、あぁ、、」
 正式な返答を待たずとも、オペレーターの同情演出により俺はネタバレをくらった。どうやら俺は今日まで3年弱、以前住んでいた賃貸の光回線代を払い続けていたようだ。計算するとトータルで16万円。こんだけあれば後輩に高級焼肉でも奢って、お世話になってる先輩としての地位を確固たるものにできたなーと後悔する。というかオペレーターってこんな感情もろ出しの生き物だっけ?『クリスマスという特別な日に、どこにも通じない通信費を払い続けていた哀れな客が来た場合、「あぁ」を多めに挟み、お客様を不憫に思ってる感を演出すること。』というマニュアルが存在するのだろうか。ここまであからさまに同情されると、こちらも落ち込んでる感を滲み出さないと申し訳ない気になるもので、
 「あぁ、、、そうですか、、、いやぁまいったな、、、あぁ、、、」
 と、負けじとため息混じりの「あぁ」構文で応える。人に同情されたのはいつぶりだろうか。不思議と金を失っていた悲しみよりも人の情けを浴びる気持ちよさが上回った。

 「すぐさま解約されるべきですお客様。解約対応のオペレーターにお繋ぎしますね。」
 同情タイムはあっさりと終わりを告げた。他の構文も引き出したかった。

 「お待たせ致しました。お客様、解約の手続きということでよろしいでしょうか。」
 先程のオペレーターと異なり、今度のオペレーターは淡々と解約の手順を伝えてくる。声色から同情の気配は微塵も感じられない。どうやらマニュアルなど存在しなかったようだ。なんやねんこいつ同情しろや。先程の演技派オペレーターのせいで同情の気持ちよさを知ってしまった俺は、その正式で真っ当な態度に無性に腹が立った。    

 「今解約されると解約金が1万円かかってしまいますがよろしいでしょうか。」
 よろしくないわ。こっちはクリスマスに16万失っとんじゃ。1万くらいそっちで負担せぇや。
 「はいありがとうございます。では解約の手続きは以上となります。何かご不明な点はございませんでしょうか。」
 なんで同情してこねぇんだよお前は。おかしくねぇか、その態度はよお。責任者だせ責任者。
 「はいありがとうございます。では以上◯◯が対応致しました。この後私の対応に関するアンケートをショートメールで送りますので、よろしければご記入のほどお願い致します。」
 しねぇよバーカ。
 「では失礼致します。」

 電話を切り、送られて来たアンケートを記入し終えると、数年後今日のクリスマスを思い出せるように「演技派オペレーター(16万円損失に同情)」とカレンダーアプリに書き込み、録画していたM-1グランプリを再度見返し始めた。すると徐々に16万円を失っていたという不甲斐なさが実感をもって脳内を侵食し始め、俺は部屋の脇にかけてあるコートを手に取り急いでコンビニへ向かった。サンタのコスチュームに身を包んだ店員から缶チューハイ3本を受け取り家へダッシュする。素晴らしい漫才とアルコールを摂取することで自分に麻酔し、なんとか25日をやり過ごした。

わざわざ読んでいただいてありがとうございます。 あなたに読んでいただけただけで明日少し幸せに生きられます。